紅葉のシーズンに福島県南会津の舘岩周辺を車で走ると、収穫時期を迎えた蕎麦畑とトマト畑が一面に広がっています。どちらも痩せた土地でしか採れない作物で、今でこそ名産品としてPRしていますが、昔、この地方に住んでいた方々は、大変な苦労をしたと思います。

そんな南会津に前沢曲家集落という明治時代に建てられた民家がそのまま残り、今も住民が暮らしている集落があります。TVドラマの「リーガルハイ」や映画版「トリック」のロケでも使われたので御存知の方もいるかと思います。
そこの入り口にあるのが「そば処 曲家」です。

盛り蕎麦に野菜天麩羅、地元のお菓子「はっとう」がセットになったメニューをいただきました。山奥の豆腐店が作っているという冷奴も絶品でした。小麦粉を使わない十割蕎麦で新蕎麦の季節だったので、香りの良い蕎麦を堪能できました。

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幼い頃のおぼろげな記憶で、祖父が私の母親を窘めていました。何を話していたかは覚えていないのですが諭すように語る祖父に対して、母親の言葉は記憶に残っています。「決してそんなつもりで言ったんじゃないです」
中学生の頃、昔話をして祖父の機嫌が良かったので、ずっと気になっていた、あのとき母親が何を言ったのか尋ねてみました。祖父は「ああ、あれか…」と、いつも感じで呟くと「お前も覚えておいたほうがいい」と教えてくれました。
祖父母と母親が信州の話をしているとき、母親が「長野には、美味しい蕎麦屋が沢山ありますね」と言ったそうです。「お前が、どこか地方の蕎麦屋や、地元の人から蕎麦を御馳走になって『この御蕎麦は美味しいですね』と言うのはかまわない。でも『この辺りには、美味しい蕎麦屋が沢山ありますね』とは言わないほうがいい。相手が年輩者だったら尚更だ」
「美味しい蕎麦の実は、他の作物が何も育たないような痩せた土地でしか採れない。つまり『美味しい蕎麦屋が沢山ありますね』は、遠まわしに、ここの土地は他の作物が採れないと言っており決して褒め言葉ではない」「先祖代々の家や御墓を守るために、そういう土地に住まねばならない人の思いは複雑だ」人には、それぞれ心の痛みを感じる言葉があり、言った方は、そんなつもりでなくても、相手が秘かに傷つくこともある…という話でした。
後に作家の開高 健も全く同じことを書いていたので、昔は、そういう心遣いをする習慣があったのでしょう。もちろん、今は輸送手段や保存技術も発達して、各蕎麦店も地元産の蕎麦粉だけを使っているわけではなく、もう過去の話かもしれません。
しかし、TVの情報番組などで女性レポーターが「この地方には、美味しい御蕎麦屋さんが沢山ありますよ~」とか明るい笑顔で言っていると祖父の言葉を思い出し、違和感を感じてしまいます。