GUMKA工房記

武蔵野線新松戸~南流山の中間辺りにあるGUMKAミニチュアの備忘録を兼ねたブログです。

カテゴリ: こんな本を読みました

 年始早々、インフルエンザで床に伏す羽目になったので、新刊「神になりたかった男 徳田虎雄(山岡 淳一郎著)」のKindle版を購入し読んでおりました。
 
 徳田虎雄の名前を初めて知ったのは大学生の頃で、彼の経営する徳州会病院は年中無休、24時間診療、患者から金品は一切受取らない方針を掲げ、日本医師会と真っ向から対立していたため、当時のマスコミは「医療改革の旗手」として称えていました。

 徳田が医師を目指したきっかけは、小学三年生の頃、急病になった三歳の弟が医者に診てもらえず命を落としたことでした。徳之島出身者で初めて大阪大学の医学部に合格し、「生命だけは平等だ」の理念の下、徳之島や沖縄、奄美大島などに病院を建設し、離島医療の改善に全力を尽くす一方、理想を実現するためには法を犯すのも躊躇しない型破りな人物でした。後に徳州会日本最大の医療法人となり、自ら国会議員になって政治団体自由連合」を興します。つい最近では、猪瀬元都知事に5000万円を渡したことがニュースになりました。
 
 二年前、初めて徳之島を訪れたとき、島の繁華街である亀津の中心部に5階建ての巨大な徳之島徳州会病院があり、高いビルなどない街中で一際目立っており、人口約25000人の離島に、なぜこれだけの規模の大病院が?と不思議でしたが「徳田先生は(徳之)島出身だからね」と聞き納得しました。「故郷に立派な病院を建ててくれて神様ですよ」「島の殿様」と崇める島民がいる一方で、全く真逆の評価を口にする人もおり、その原因は、かつて島を二分した国政選挙にあったことは後で知りました。
 

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 旅行から戻って、すぐに読んだのが「トラオ 徳田虎雄 不随の病院王(青木 理著)」です。徳田虎雄の生い立ちや一代で病院王となるまでの過程を丁寧な取材を元に分析・解説しており、不治の病「筋委縮性側索硬化症(ALS)」に罹患し、全身不随となった本人にもインタビューを行い、当時、誰に聞いても「徳田虎雄について知りたいなら、これ」と言われました。
 
 本人の故郷ということもあって、徳之島の戦前・戦後の島民の暮らしぶりも紹介していますが、ガイドブックや観光案内では決して知ることができない厳しい歴史はとても勉強になりました。
 
 あれから二年経ち、昨年末、再び徳之島を訪れたとき、徳田虎雄に関する新刊が出たことを知りました。正直、読む前は「トラオ」の焼き直しみたいな内容かな?と勝手に想像していたのですが、これが大間違いで徳田虎雄の周辺人物、つまり徳州会病院と徳田虎雄を支えた人々を徹底的に取材して、本人の実像や病院を取巻く出来事を詳細にあぶり出しています。「トラオ」を縦の軸とすると「神になりたかった男」は横の軸で、改めて「トラオ」を読み返し「そういう事だったのか」と納得する箇所が随所にありました。

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 理想を追い続けた徳田も、年老いて身体の自由がきかなくなる不治の病に倒れると、それまで献身的だった側近や、懐刀と呼ばれた人を追い出し、家族を重用するようになります。
 
 それは、徳田の理念に共鳴し集った医師や看護師たちが去っていく理由には十分で、一枚板だった巨大病院帝国は、緩やかに変貌しつつあるようです。それを崩壊というか、改革というか部外者にはわかりません。
 
 急成長したワンマン企業や組織にありがちな光景で、かつては平等で理想に燃えた経営者が老いると業界と無縁だった親戚縁者に会社を任せ、墜落するように会社が沈んで行く。私自身、割と最近、似た状況を目にしました。いずこの情熱の経営者も神ではなく、一人の人間なのです。
 社会が成熟し切った今の日本では、もう徳田のような人物が出てくることはないでしょう。それ故、この人物に魅せられるのかもしれません。

名古屋の産業技術記念館ミュージアムショップにて売っていました。1969年に少年マガジンに連載されていた劇画の単行本復刻です。

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私が小学校高学年になったとき、

「マンガばっかり読んでいるとバカになる。」

「これからは、ちゃんと読書をしろ」

父親がマンガ本を買うことを禁止したので、
少年マガジンは、近所に住んでいた同級生の佐藤君の家で読ませてもらっていました。

ところが佐藤君がお父さんの転勤で引っ越してしまったので、
この劇画は、社員の岩岡が、豊田自動織機の工場の中を原動機付き自転車を走らせながら、

「こいつは自動車なんだぞ!」「おれたちの自動車第一号なんだぞ!」

と独白するシーンを最後に続きが読めないままでした。


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以来、約45年間、精神的残尿感がありましたが
読み終えて、やっと、スッキリしました。


 旅行ライターのワタさんと与太話をしているときのことです。「そういえば、昔読んだ雑誌に…」小さなハマグリくらいの巨大シジミを養殖するため、数百万円で池を購入した学校の先生だの、タガメを繁殖法を確立した人とか、貝殻集めが高じて、私設博物館を開いた老人だの琴線に触れまくる記事が沢山あったとのこと。
 掲載していた雑誌のタイトルは 「ラピタ」 ワタさんの言葉を借りれば、

「1995年に別冊ビーパルとして季刊誌でスタートして、翌年、月刊化された中高年向けの物欲カルチャー雑誌。最初は濃~い連中集めて、(褒め言葉の意味で)バカな記事をキレイな写真撮って、沢山載せてくれたんで、滅茶苦茶に楽しくて、目と頭の保養になったけど、最後は、方向を間違いオシャレ雑誌に刷新され、薄っぺらな記事ばっかりになって、あらら~これではダメだろ~と思っていたら、案の定、休刊…」

 実は私もこの雑誌は、数冊持っていました。ただ、私の手元にあったのは、1998~2000年頃の号で巨大シジミ養殖など掲載されていなかったです。

 余談ですが、一緒に何度かロシア旅行をしたハタノさんという友人がおり、彼の特技が、ロシアの軍事・航空・宇宙雑誌やミニカーを片っぱしから豪快に買いまくる「漢買い(おとこがい)」と、廃刊・休刊になりそうな雑誌を見抜くことで、彼のセンサーに触れた雑誌が、このラピタでした。

 絶対に3号で廃刊になると確信した彼は、創刊号から揃えたそうですが、月刊化されてしまったので、「まあ、たまには外れることもありますよ」と言っていましたが、最終的には休刊したので、確かな特技だったのでしょう。

 ワタさんに詳しく聞くと、創刊当初の号には、私の好きそうな生き物系や、自動車系やバイク、工具、カメラ系の記事が結構あるので、古本屋とかで見掛けたら手に取ってみてよ…とのこと。話を聞いた数日後、たまたま、某ネットオークションを見たら、創刊号から、一部欠けはあるものの、39冊がまとめて2000円で出品されていたので、これも縁だろうということで落札し、連休直前に届きました。


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 ワタさんから聞いた話のオリジナルは想像以上に興味深い内容でした。単行本化されていない連載記事も結構あって、光岡自動車の歴史は読んでいる最中ですが、とても面白いです。

新年早々、良い買い物ができたと喜んでおります。


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 ナポレオンがロシア遠征を計画しているとき、フランス軍参謀本部のポントン工兵大佐は、交換将校としてロシアに留学した経験から、皇帝陛下にひざまづき意見具申します。「広大なロシアが舞台では戦争の条件が全く異なっております。無人の地に進撃してみても、食糧も馬糧も見つけることはできませぬ。冬が到来し、零下二十度から三十度の寒気に兵士が耐えられるとも思えませぬ。フランスと陛下御自身の安寧のため、なにとぞこの戦争は諦められますように」

 ルクレール大尉参謀も様々な情報を分析し、ある結論に到達します。「ロシアで戦える者はロシア人だけである」にもかかわらずナポレオンは開戦し、彼らの予想どおり大敗しました。

 本の傷み具合を見てもらえばわかるように、何度も読み返しています。ナポレオンの戦史関連の書籍は多く、文学作品も含めて数々の名著があります。その中でもロシア遠征のみ、しかも、モスクワ占領後からの敗走に主眼を置いた内容で、基本的な歴史知識さえあれば、読み易いという本は、そうそうありません。最初から通しで読んでもおもしろいのですが、各項目が完結した小さなエピソードになっており、どこから読むこともできます。

 寒さに関する話は、大戦中の東部戦線でも同じなので、モデラーでも興味がわくと思います。長女が学校の課題でトルストイの「戦争と平和」を読むとき、予備知識として、この本を進めたところ、ぞっとした、信じられないと言っておりました。

 一言で言えば対ロシア戦は、ナポレオン大遠征軍の身の丈を越えた戦争でした。そもそも戦争の大義自体が曖昧で戦場は何もない広大なロシアの大地。兵員輸送車や鉄道などない時代に想像を超えた広い土地は行軍するだけで兵士の体力と士気を奪います。

 この時代ですから満足な補給システムは確立されておらず、慢性的な食料不足に陥り、兵士たちは飢えと寒さで次々と倒れます。

 敗走兵に襲いかかり、身の回りの金品を奪うコサックや武装住民。本国からの補充部隊は寒さに無知で、わずか一夜で凍死。逃走と略奪が横行する中で人間として職務を全うしようとする軍医や軍人たち。飢えと疲弊の絶望の中で最後の力を振り絞り、ナポレオンに「皇帝陛下、万歳!」を叫び、死んでいく若き兵士たち。それら全てが淡々と描かれた作品です。これを読めば、今の不況や不安定な社会情勢なんぞ、たいしたことないと思えます。

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 かつて黒澤明監督の映画「影武者」が公開されたとき、多くの日本の映画評論家は、クライマックスであろう騎馬合戦のシーンが、両軍の衝突直前までカメラが回りながら、次のシーンで、いきなり死屍累々の光景となるのを「見せ場がない」と厳しく非難しました。

しかし、台湾人の友人は、そのシーンを「見る者それぞれの心に、壮絶な戦闘を思わせる実に効果的な演出だ」と真逆の高評価を。


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 1990年代初めに講談社月刊アフタヌーンに連載されていた台湾人作家の鄭問(チェン・ウエン)の「深く美しきアジア」を初めて読んだときは、思わず身を乗り出しました。当時、香港のドラゴンモデルと付き合い始めたばかりで、彼らの思考パターンが、よくわからなかったのですが、この作品の登場人物に、そのヒントが満載されていたからです。


 全5巻でコミック化され何人かの漫画好きに進めたのですが、多くの感想は「1、2巻は意味がわからない。3巻以降のファンタジーぽい話は良い」


 奥付で著者も触れていますが、途中から編集者が指導して、日本の読者に受け入れ易いように内容を軌道修正したようです。しかし、香港人や台湾人と仕事をする人にとっては、1巻と2巻のおもしろさは尋常ではありません。敢えて言わせてもらいましょう。「3巻以降はクズであると」

 主人公である疫病神の百兵衛は、係わる周囲の人々を全てを不幸にする運命ですが、本人は無欲の善人です。

 一方、配下の魔導師、機械元帥、忍者将軍とともに、秩序管理された理想社会の建設を企てるのが、理想王です。「1人を殺すは金のため、10人を殺すは恨みのため、100人を殺すは理想のため」理想社会の建設の理念を彼は語ります。


 前半のクライマックスは、2巻に掲載されている百兵衛の裏人格である幸運王と理想王の一騎打ちでしょう。その体に触れる者、全てを幸福にできる幸運王は、その圧倒的な幸運の力で、触れた敵の脳血管を破裂させて死に至らせ、一度は理想王を追いつめたこともあります。


 幸運王が空から理想王の居城に突入し、お膳立てが揃って盛り上がり、両者の直接対決となります。「何者も、この幸運王の力は阻止できん!」自信満々の台詞と共に理想王との闘いに臨む幸運王。一方、密かに幸運王の打倒策を準備していた理想王。壮絶を極めるであろう二人の対決はどうなるのかと、わくわくして、ページを開くと「えっ?」そして、理想王の言葉「自信を失った者は死人と同じこと」「私は死人まで殺そうとは思わない」


 冒頭の影武者を評した台湾人の友人の顔が蘇りました。なるほど、この決着は中華圏の人には、きっと名勝負なのだろうな、と。香港・台湾と接点のある方は、機会があったら、ぜひ、2巻までを読んでください。普通の人は、たぶん、意味がわからず、時間を損した、と思うでしょうから猫跨ぎして、全然OKです。

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 私がやっていた模型店時代のHPを読んでいた方は御存知でしょうが、中西さんという変な友人がおりまして。身長を含めて、外見は元ヤクルトの古田選手似な几帳面な性格で、あだ名は見た目そのまんまの「のびた君」

 昔は毎年、沖縄や奄美諸島に採集旅行に行っていたほどの昆虫採集マニアでしたが結婚して止め、今は1/43欧州レジンカーを作りまくっています。そのあまりに几帳面な性格に起因する伝説を沢山持っている愛すべき人物ですが、今回また新たな伝説が。

 新年早々、中西夫婦連名で宅配便が届きました。年末に「ほんの気持ちだけど、引越しのお祝いを送るから」との電話があったので、すぐに開けてみるとセンスの良いペーパーナイフ、革製キーホルダーや北欧製の調味料入れセットが。

 N氏の奥さんは旅行会社に勤務しており、添乗員として各地を巡っているので、こういう物のセレクトは見事で、どれも嬉しい品物でした。ふと箱の底を見ると大きめな茶封筒があり、中には1冊の本が。タイトルは「増補版 世界のザリガニ飼育図鑑」「なぜに?ザリガニ??」

 御礼の電話がてら、ザリガニ本を送った意図を尋ねると「昔、フィンランドに行ったら、現地でザリガニの解禁シーズンだったけど、やたら値段が高くて、あんなモンに高い金を払うフィンランド人の気が知れないとか言ってたでしょう?」

 確かに言いました。2004年にドイツ軍の8,8cm対空砲の取材で8月末にフィンランドに行ったら、丁度、ザリガニの解禁のシーズンだったようで、スーパーや市場で沢山売られていました。日本の松茸や中国の上海蟹同様、ザリガニはフィンランド人にとって季節の高級食材で、スーパーで一尾600~1,000円、レストランで食おうものなら一尾1,500~2,000円ほど請求されます。
 子供の頃、スルメの足やら塩鮭の皮で、アメリカザリガニをワンサカ釣った私にとっては「なんで?」もちろん食べてはいません。だってザリガニですよ、ザリガニ。

「話を聞いて気になって調べてみたんだけど、彼らが食べているのは、ターキッシュ・クレイフィッシュっていう冷水系ザリガニで、日本にいるアメリカザリガニとは根本的に種類が違うんだよ」

「北欧では天然物は厳しく保護されていて、養殖が行われていたりロシアや東欧から輸入もしているんだよ。んで、その本に本物の写真や詳しい生体が載っているから、きっと喜んでもらえると思って贈ったんだよ。これで長年の謎が解けたでしょう?」

 まあ、生き物は好きだし、キレイな写真満載なので、おもしろい本だとは思いますが、ザリガニの種類が違うとかいう話は電話やメールで済むんじゃないかい?

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