GUMKA工房記

模型の企画・設計とロシアのレッドアイアンモデルズの代理店をやっている「GUMKAミニチュア」の備忘録を兼ねたブログです。雨が降ると電車が止まるJR武蔵野線の新松戸と南流山駅の中間辺りに事務所はあります。近所に素材や塗料が揃う模型店がありません。最近、昔からやっている本屋が閉店しました。

カテゴリ: バイク

 
 モトメンテナンス誌が最終号だよと船橋のWさんから教えてもらい、慌てて本屋へ。今回、バイクブロスが刊行していたバイク雑誌が軒並み休刊になり、モトメンテ誌も右に倣え、となったそうです。

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 昔、バイクメンテ雑誌などなかった頃、イトシンこと伊東 信さんがバイク雑誌で連載していた記事を参考にエンジンやキャブレターをいじったり、塗装したりしていましたが、この体験があったからこそ、自分で修理する習慣が身に付きました。50代より上のバイク乗りなら、同じような方が多いと思います。
 
 創刊された1995年当時、この雑誌ことなど知らず、買い始めたのは偶然、書店で見つけた9号からでした。初めて見たときは、まさに目から鱗状態で、ケミカルやツールの情報は本当に重宝しました。この本から得た技も多く、ブレーキフルードを上からではなく、注射器で下から入れるなどは今では常識ですが、当時は「モトメンテ、偉い!」と思いました。
 
 ただ、徐々にショップとのタイアップ記事が増えてきて、メンテというより「なんだかショップ紹介誌になってきたぞ?」と違和感を感じるようになり、挙句に「自分でやるより●●店に依頼したほうが良い」「こんな作業は●●店に任せよう」みたいな記事をライターではなく、編集長が平気で書くようになり、アンタがやっている雑誌は一体、何よ?となって、111号を最後に買わなくなりました。商業誌である以上、ショップとの関係も大事なのはわかりますが、メンテ誌を名乗る以上は手を汚し汗をかいた記事が読みたいです。
 
 最終号に目を通しましたが、変わらぬレイアウトや構成は、ああ、そうだったね、こういう雑誌だったねという妙な安心感がありました。一時期のようにショップに過度に依存せず、原点回帰して手を動かしているだなと再認識しましたが、もう次はないんですね。
 
 「今はメンテ雑誌を買わなくても、ネットで情報が得られる」という声も聞きます。確かにブログなど良質な記事が多いものの、中には怪しいというか、間違った情報もあるので、雑誌の存在意義はあったと思います。そいういう意味では残念でなりません。
 
 
 
 


 高速のSAで見たとき、遠目にはXS250SPかな?と思っていましたが、近寄ってみたら、なんと!GX250SPでした。

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 こうして現役で動いている姿を見ると、なんだか嬉しくなります。

 GX250は1977年にヤマハ初の4スト250ccとして登場し、そのときは角型&直線的なデザインでした。


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 早くも翌78年にフルモデルチェンジして、SAで見た丸型のデザインに変わります。スポークホイールのGX250と通称「荷車」と呼ばれたキャストホイールを採用したGX250SPの二種類が併売され、差額が確か2万だったので、友人が悩んでいました。(結局、彼は悩んだだけで、GXではなくスズキRG250を買った)


 1980年に再度、モデルチェンジしてタンクデザインが変わり、シートカウルが付き、ハンドルもフラットとなりますが、同じエンジンとフレームを使ったクルーザータイプ(当時はアメリカンと呼んでいました)のXS250SPに人気が集中してしまい、あまり街で見掛けないバイクでした。

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 当時は眼中になかったバイクですが、今見ると悪くないですね。ただ、ヤマハの古くてマイナーなバイクは部品が絶望的なので、乗り続けるのは大変だから、見るだけにしておいた方が吉ですね。




 
千葉県鋸南でホンダCX-EUROを見ました。GL400の後継として1982年4月に発売されCX500TURBOの原型車でもあります。久々に実車を見ましたが400ccとは思えぬ大柄なバイクです。
 
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ハーフカウル、フロントフェンダーを黒くペイントし、排気管もサイレンサーがヨシムラUSAでした。独特の縦置きV型エンジンは今見てもカッコいいです。
 
 


 9月29日~10月1日までビックサイトで開催されたホビーショーでハセガワが1/12 GT380を発表しました。実車には昔、ツーリングに行ったとき友達とバイク交換して乗ったことがあります。結構、大柄だった印象で、同じ2スト三気筒でも私のカワサキ250ssとは違って乗り易いバイクでした。


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 これまでプラモはもちろん、ミニカーもなかったので初の立体化です。GT380オーナーのタケベ・スズキさんからテストショットの写真を頼まれましたが、まだ金型を製作中のようで、3D出力された試作品の展示のみでした。


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 ドラムブレーキのGT380も出すと思っていましたが、ランナーを見るとフロントブレーキ関連は切り替え構造になっておらず、もし将来、出すとなるとドラムブレーキと前輪を新規ランナーで入れることになりそうです。

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 ディスクブレーキのGT380B~B5は、タンクやエンジンなどは、ほぼそのままで、細部変更でバリエーション展開できるので、プラモ向きかもしれません。

発売が今から楽しみです。


 韓国製のバイク、ヒョースンGT250です。数年前から大手バイク販売チェーン店のレッドバ●ンが正規代理店となって国内販売を始めたとは聞いていましたが、実車は初めて見ました。

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 見てくれはカッコイイのですが、品質や性能に関しては良い評判は聞きかず、国内4メーカーに遠く及ばないようです。ざっくりと観察しましたが、オーナーさんには申し訳ないけど、溶接ラインなど「大丈夫か?」と思うくらいガビガビだったし、樹脂製部品もチープでした。

 これで値段が安ければ「安かろう悪かろう」で理解もできますが、レッ●バロンでの新車販売価格は国産バイクと、あまり変わりません。

 ただ、中古車の相場を見ると、大半は走行距離も多くないのに10万円以下。そういう価値なのでしょうけど、人とは違った珍しいバイクに乗りたい、乗り潰すから、とにかく安いバイクをというニーズはあり、中古車はそれなりに売れるらしいです。



 福島在住のスズキGT380コレクターのタケベ・スズキさんから久々に連絡が。スズキ車コレクターの先輩格だった方がコレクションの処分を始めたそうです。老後の趣味でレストアしようと昔から古いスズキ車を集めており、20数台のバイクを古い倉庫を借りて保管していたものの、結局、定年退職後も手を付けられず。70歳を過ぎてバイクに乗らなくなり、一層、レストア意欲が萎えたところに保管場所だった古倉庫が取り壊されることになり、期日までに中のバイクを撤去しての通知が…

 全車が不動で、長いものは30年以上も動いていないのにGT750やGS750、GS400E、RG250E、GSX400F、SW-1などは即嫁ぎ先が見つかる一方でGA50やGR650、RF400Rなどの不人気車は残り、その中にGSX250Tと250LがあるけどレストアベースやGSX250Eの部品取り車にどう?てな話でした。和メリカンと呼ばれ、デザイン的に好き嫌いが多いGSX250Lはともかく、スタンダードなスタイルのGSX250T中古車市場でもそれなりの値段が付いているので、欲しい人が見つかりそうだけど?

「余程のキレイなら話は別だけど程度はそこそこそれなりの値段のGSX250Tは長期在庫になっていないか?」

言われてみれば、確かに。

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GSX250T

「撤収期限はいつですか?時間的な余裕があるなら心当たりに尋ねてみますけど?」

「今月末だったのを、お願いして連休明けまでにしてもらったんだと…」

 いや、それは短すぎでしょう。何とかしてあげたいとは思うものの私も置き場所がなく増車はできないので、別の方を紹介するのが精一杯でした。買取業者を呼べば簡単に片付くと思われるでしょうが、このオーナーさんはバイクブームが終わった後、解体屋のバイク墓場を見た世代でして。当時、解体屋の裏には、事故車と共にまだまだ走れるのに誰も欲しがらない不人気車種バイクが山積みで捨てられており、錆びて朽ち果てていく姿はバイク好きには決して忘れられない地獄絵図でした。

 自分のコレクションが買取られた後、業者オークションに出され、そこで買い手が付かなかったとき、解体屋で朽ちていく末路を思うと耐えられないとのこと。若い世代で欲しがる人、いないですかね?と問うと、

「仕事先や飲み屋でバイク欲しいって言う若い奴に不動車を直して乗らないか?わからない所は一緒に手伝うからって声掛けてるけどそこまでしたくはないとか、今のバイクがいい、スクーターが欲しいばっかりだよ」

「最近はバイク雑誌の記事でもメンテはバイク店に任せろが多いし、メンテ雑誌ですらショップのタイアップばっかりのお粗末ぶりで、担当編集者はバイクがキレイになって良い気分だろうけど、あれじゃ誰も自分で直そうとか考えなくなるよな」

「不動の不人気車を手に入れて、自分の力で走るようにするのって、すごく楽しいのにな」

う~ん、難しい時代です。



*4月27日追記
 珍しいけど高値は付かない車種揃いでしたが、解体屋には捨てないという約束で北関東のバイク屋にまとめて引き取ってもらったそうです。現状では最良の解決策だったと思いますが、商材として大丈夫なのか?という別の不安があります。


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