GUMKA工房記

模型の企画・設計とロシアのレッドアイアンモデルズの代理店をやっている「GUMKAミニチュア」の備忘録を兼ねたブログです。雨が降ると電車が止まるJR武蔵野線の新松戸と南流山駅の中間辺りに事務所はあります。近所に素材や塗料が揃う模型店がありません。最近、昔からやっている本屋が閉店しました。

カテゴリ: いろんな人がいて社会


 私の祖父は、街中で興味を引く人や物を見つけると老若男女問わず話し掛けていましたが、その血を引き継いでしまい、不思議や疑問があると、ついヤバめな相手にも声を掛けて、別の意味でヤバい人で話が止まらず逃げられないとか、言っている事が支離滅裂の本物で即逃げるという事故に遭遇します。

 しばしば「高田さんの周囲には、おもしろい人が沢山いますね」と言われますが、実はミーネンロイマーの如く積極的に地雷原に突っ込んで踏みまくっているだけで、一つのおもしろエピソードの陰には使えない話が幾つもあります。

 郵便局に行く途中の坂川で鴨に餌をやっている80代くらいのお婆さんがいました。ふと手元を見ると、ドライタイプのキャットフードをあげています。「え⁈」と思ったら、もう止まりません。「すいません、鴨にキャットフードをあげているんですか?」

IMG_0624
お婆さん、こっちを一瞥した後、餌をやり続けながら
「今ね、マーコっていう猫を飼っているの。前の猫が死んじゃって、その子がミーコだったからマーコね」
なるほど。マ行で前に戻るのか。するとマーコの次はホーコか?
「ミーコが死んで落ち込んでたら、娘がミーコの従兄(甥っ子か姪っ子の間違い?)だよって子猫を持ってきてくれたの。見てくれは似ているけど、ミーコは、すごく大人しかったのにマーコは御転婆でね。で、ミーコが大好きだったキャットフードが、まだ残っていたんで、マーコにあげるんだけど、全然、食べないの。だからって捨てるのはもったいないから、こうやって鴨ちゃんにあげるの」
IMG_0626


 お婆さん、前の飼い猫が残したキャットフードって、賞味期限とか大丈夫なんですか?もしかして子猫が食べないのは油が変質しているからでは?あと活発なのは、まだ子猫だからでしょう?と次々に突っ込みが湧きましたが、この人物は突っ込んでも、面白い展開がないと脳内アラートが鳴ったので「そうでしたか。失礼します」と離脱しました。 


 もう11年前の話ですが50歳になって禁煙をしたら、あらゆる食べ物がそれまでより美味しくなり、僅か2年ばかりで体重がかなり増えました。
 当時、大学生だった次女に誘われて、お手頃価格のスポーツジムに通いましたが、次女は学校やバイトが忙しくなり1年足らずで退会。仕事で籠りがちの私は、いい気分転換になるので3年ほど通いました。

 1年も経つ頃には顔見知りも増え、挨拶したり世間話をする人もできました。その中の一人が県内のK市で飲食店を経営する同年代のAさんでした。ハーフのような彫の深い顔立ちで、決して太っていなかったのですが、本人曰く仕事柄、食事が不規則だし、カウンター席に座る常連客から「せっかくだからマスターも一緒に」と勧められたり「盛り合わせを注文したいけど、一人だと食べきれないからマスターも半分、食べてよ」と女性客から請われると、どうしても断れず、気付くと腹回りが増量していたとのことでした。

 Aさんは運動経験があるからか、我流でトレーニングしており、特に背筋を鍛えるトレーニングマシンは「なにも、そこまで」というくらいの回数とスピードでやっており、ジムのトレーナーからも「Aさん、そんなに慌ててやらなくても大丈夫ですよ」「もっとゆっくりで」「そんなに沢山の回数ではなく、10~15回で十分ですよ」と注意されていましたが、おかまいなしでした。
haikin
 あるとき挨拶をした後、Aさんはいつものように背筋のトレーニングマシンへ。私はランニングマシンで走り始めたとき、いきなりジムの中を小さな茶色い動物が、きれいな放物線を描いて滑空していきました。「なんだ?ムササビか?それともモモンガ?」と思ったら、パサっと床に落ちたまま動きません。
musasabi
 よく見たら、茶髪のヅラでした。そうとわかった瞬間、ジム全体がフリーズし、トレーナーを含め誰も動けなくなった中、Aさんがトレーニングマシンから降りてきて無言で拾いパチッと再装着すると、何事もなかったかのようにマシンに戻り、背筋運動を再開しました。でも、いつもよりスピードは、かなり遅くて、すぐに更衣室に戻って行きました。この日を最後にAさんをジムで見ることはなくなりました。

 義弟の葬儀のために新潟へ行っておりました。中学生の頃に高校数学の問題を解き、高校生の姉に微積分をレクチャーするほど頭の良かった彼は、鹿児島大学医学部に進学したものの、三年生になって持病のアレルギーが悪化し、満足に授業に出られなくなった上、担当教授と折り合いが悪かったことも重なって退学します。
 一時期は予備校の講師をしていましたが結局、医師になりたいと新潟大学医学部に再入学し、卒業後は大学付属病院の医局で喘息とアレルギーの研究を続けて、7本の共著論文を提出し医学博士号を取得します。

 普段は無口で冗談も言わない性格なので、きっと患者さんを診察するよりも研究室に籠るタイプだろうと私も家内も勝手に思っていました。
 なので、通夜や葬儀の席で病院の上司や同僚の医師、看護師から「患者思いの熱心な先生だった」「現場が厳しいとき、冗談を言って空気を和ませてくれた」「先生のブラックジョークが好きでした」「患者さんに人気があった」「地域老人の健康意識を高めるため、夜間集会を発案・実行し、それは今でも継続している」などの話を聞いて、とても驚きました。

 無神論者だったので葬儀は無宗教型式で行われました。無神論者=共産主義者と思われがちですが政治には全く無関心で、義母が年に数回も伊勢神宮を参拝する熱心な崇敬者だったことが嫌でそうなってしまったようです。無神論者故、戒名も故人を偲ぶ一周忌や三回忌の法要もなく、遺族としては寂しいですが、こればかりは本人の希望なので仕方ありません。

 あるとき、奇跡の回復について話題にしたとき「本人や家族が奇跡を期待するのは当然だし否定しない」と前置きしつつ「義兄さんのいう奇跡が劇的な回復のことをいうならば、それは治療の成果が遅く出たのかもしれないし、ある治療方法で原因の一つが取り除かれた結果かもしれない」「自分は、後は神に祈るだけとか奇跡を期待という言葉は医学の敗北だと思っているので、口にしない」と語っていたので唯物論者でもあるのでしょう。

 死因は悪性リンパ腫で闘病生活は1年9ヶ月にも及びました。同僚の医師たちが全力で治療にあたってくれ、今年の夏頃には一旦は回復し、この様子なら10月に退院とまで言われましたが、ここ数週間で急激に病状が悪化しました。

IMG_0496
 新型コロナウイルス感染防止のため、お通夜は通夜ぶるまいもできず、葬儀の参列者を分散させるため、直前まで勤務していた総合病院でもお別れ会を開きましたが、200名以上の医師と看護師、元患者さんが彼のために集ってくれたそうです。

享年58歳は、あまりに早すぎます。


 8月26日から三夜連続でNHKにてシン・エヴァンゲリオン劇場版が深夜放送されました。

 ”猫様”のOさんより電話があり「なぁ、シン・エヴァンゲリオンの破とQの間、どうなってるんだ?」「みんな、あれをわかるのか?」「映画でさらっと流している14年間のOVAとかコミックがあるのか?」序、破の続きとなるQが、何の説明もなく14年後になっていたのでプチ・パニック状態でした。

 アニメは子供の頃に見た「花のピュンピュン丸」の次が、50余年後の「ゲゲゲの鬼太郎 第6期」という60代半ばのシニアにシン・エヴァンゲリオンQは偏差値が高すぎです。

 聞けばOさん、少し前から猫様のグッズや同人誌を探すため、秋葉原通いをしているうちに綾波レイを知り、己が推しの猫様と比較して、あまりに豊富な関連商品群に圧倒され、あのキャラクターが登場する作品を見たいなと思っていたら、偶然、自宅近所のリサイクルショップで旧劇場版DVDを入手。以来、レイちゃんが愛しくて仕方がなく、制服姿の1/6可動フィギュアを中古で買って、食卓で毎日、一緒に食事をしているそうです(御本人の言葉どおり)

 ちなみにフィギュアは外箱に少し傷があったのと、アクセサリーの味噌汁の彩色に小さい剥げがあったので相場より安く買えたそうです。

img56635052


     メディコムトイの製品で、手に持っているのが味噌汁です(本人確認済)


 60代半ばのシニアの口から「あ~レイちゃんとポカポカしたい」と聞いたときは心が辛かったです。あと、今、気になっているキャラクターは「二つ結びでギターを弾いている可愛い女子高生」で、先程、連絡があり「けいおん!のアズにゃん」と確認したそうです。Oさん、いつまでもお幸せに。


 前回のWさんの体験談を掲載しましたが、それを読んだ友人のNさんが教えてくれた話です。

 やや几帳面が過ぎる元昆虫採集マニアのNさんといえば、模型店時代のホームページを読んでいた方には御馴染みかと思います。結婚して都内のマンション暮らしでしたが、その後、義母さんの住む沖縄に引っ越し、現在は仕事の都合で静岡県某市に単身赴任中です。これは彼がまだ独身で昆虫採集に夢中になっていた頃の話です。

 昆虫採集のシーズンは春から秋。ある夏の夜、Nさんは灯火採集をしようと、友人から勧められた近畿地方の山に泊まりがけで出掛けました。灯火採集とは、昆虫が明かりに集まる習性を利用して、白いシートや布に強い照明を当てて昆虫をおびき寄せる採集方法です。当時のプロやハイアマチュアは露店商が使うような携行発電機や本格的な照明機材など大掛かりなセットを車に積んで移動していましたが、彼は車が入れない場所での採集をするために身体一つで運べる範囲の機材を揃えていました。

 この日も麓の駐車場に車を置いて、乗用車がギリギリ通れるような細い山道を歩きながら、仕掛けを設置するポイントを探します。途中、理想的な場所がありましたが、すでに先客がおり、ライダー二人が天幕とテントを張ってキャンプをしてました。向こうから、ぶっきらぼうに「おぃ、こんな時間から登山か?」と尋ねてきたので、昆虫採集ですよと返事したら、笑って、こっちを小馬鹿にしたようなジェスチャーをするので、Nさんも相手にせず。そのまま、しばらく山道を歩き続けていたら、開けた場所があったので、機材を設置して照明を点けました。

 Nさんの機材は携行性が優先のため、それほど光量が強くなく、条件が揃えば成果はありますが、この日は不発気味。しかも運悪く夜10時頃から雨が降り始め、止む気配がなかったので「採集旅行の日程は、あと2日残っているから、ここで無理してもな」と諦めて撤収することにしました。

 雨具は折り畳み傘を持っていましたが、白いシートが防水仕様だったので、雨合羽代わりに頭から被り、両端をサリーのように体に巻き付けて、麓の駐車場を目指してトボトボ下山していたら、途中の空き地近くで、いきなり懐中電灯の光を当てられます。

 眩しいと思った瞬間、「うわー!」「ひぃー!」と叫び声がして、登るとき会ったライダー二人がバイクもテントもそのままで、雨の中を一目散に逃げて行きます。どうやら、白いシートを被ったNさんを幽霊と見間違えたようで、一人は逃げる途中の泥濘で転び、立ち上がるときにも滑って、漫画みたいにジタバタしていました。普段なら「幽霊じゃないですよ」と言いますが、最初に会ったときの印象が良くなかったので、敢えて何のリアクションもせず。宿に戻って「きっと、あの二人は、ツーリング先で幽霊を見たって話すんだろうな」と思いながら、ゆっくり温泉と夜食のオニギリを堪能しました。

 彼曰く、夏山の幽霊目撃談の何割かは灯火採集の布を被った昆虫採集マニアだそうで、自分自身も夏の夜道を運転しているとき、白い布をマントのように羽織って道端を歩いている昆虫採集マニアと思われる人物を見てびっくりしたそうで、知らない人なら絶対に幽霊と間違えるとのこと。


 なお、Nさん、こんな話をしておきながら、幾度か大変な経験もしており、一番怖かったのは真夜中の山中に立っていて、こっちをじっと見ていた半透明からやや実態寄りな子供だそうです。


 今は農業をやっているWさん(60代前半)は元編集者で、趣味は釣りとソロキャンプ。大学生の頃から中古のオフロードバイクに寝袋とテントと釣り道具を積んで、いろんな場所で野宿していました。
 旅先で不思議な体験もしており、某離島の山道を歩いていたら、急に身体が動かなくなったというライトなものから、はっきりと姿を見たというヘビー級までありますが、今回は、そのはっきり姿を見た話を聞かせていただきました。


 今から約20年前、まだWさんが40代の頃です。当時は都内で編集者として働いていましたが、大変だった仕事が終わり、気分転換にT県のキャンプ場に行くことにしました。

 アニメやドラマにもなった人気コミック「ゆるキャン」の影響からか、冬でもキャンプをする人が増え、今では通年営業しているキャンプ場も普通にありますが、当時はゴールデンウィーク辺りから大学の夏休み終わり頃(9月下旬)までの営業が一般的でした。
 そこも夏は事務所に管理人が常駐していますが、オフシーズンは基本的には休業で、知人や常連は事前に予約すると利用できるシステムでした。

 このときも10月でオフシーズンだったため、管理人さんに電話をすると「ゲートの鍵の隠し場所を教えるから、好きな時間に入って、帰るときに忘れず施錠して鍵を元の場所に隠しておいてね」「自分の出したゴミは全部、持ち帰ってね」とのことでした。

 車でキャンプ場に到着したのは午後3時頃。テントを張り、テーブルとイスを出し、ランタンをセットして食事の準備を始めます。日が暮れるタイミングで夕食にし、後は飲みながら、ランタンの明かりで持ち込んだ長編コミックを読んでいましたが、夜10時過ぎには酔いが回り、冷えてきたのでテントで寝ることに。

 トイレに行きたくて目が覚めたのは夜中の3時頃でした。用を済ませて夜空を見上げると、空気がきれいで、周囲に明かりが全くなく真っ暗だったので、様々な秋の星座を確認でき、思わず座り込んで、しばらく見とれていました。

 暗がりに目も慣れてきた頃、ふと人の気配を感じたので、その方向を見ると、キャンプ場の入り口から10mほど先の道に一人の女性が立っています。月明りだけなので、顔はよく見えなかったものの、遠目にもスタイルが良く身長も170㎝はあり、10月の夜なのに白っぽいノースリーブのシャツにハーフパンツ姿でした。

 服装こそ違和感があったものの、相手がはっきりと見えていたので「こんな時間にキャンプ場に?でも車がないぞ?まさか道路灯もない山道を女性一人で徒歩で登ってきたのか?いや、そんなはずないよな。もしかして彼氏と喧嘩して自分から車を降りて歩いているパターンか?」などと妄想を巡らせていました。

 女性は、こちらを気にする素振りもなく、道路から脇の林に入ると、滑るようにスーっと斜面を(早足で?)下って行き、そのまま藪の中に消えました。そこで「あれは絶対に人ではない!」と急に怖くなってテントに逃げ込み、寝袋に潜って朝を待ちました。

 夜が明けてから、女性が立っていた辺りを確認しましたが、下に向かう道や階段はなく、林の傾斜面も降りられなくはないけど、足元を照らす明かりなしで、あの速度で下るのは、かなり危険だったそうです。

 後日、管理人さんと会ったときに、この女性の話をしたところ、

「深夜に道路脇に立つ女性の話なら、キャンプ場の利用者や、あの道を通る人から聞いたことはある。でも、私は夏休みの期間中は毎日、キャンプ場で寝泊まりしているけど、一度も見たことない」

「もし幽霊だったとしても、熊やイノシシの方がずっと怖い」

とのことで、あんまり気にしている風ではなかったとのこと。

 その後、このキャンプ場を利用したものの、女性を二度と見ることはなく、キャンプ場が廃業した後は、その近所に行くこともなくなったそうです。



 
 

このページのトップヘ