GUMKA工房記

武蔵野線新松戸~南流山の中間辺りにあるGUMKAミニチュアの備忘録を兼ねたブログです。

カテゴリ: 日々の出来事


 先日、「Go to 奄美プレゼントキャンペーン」にて、数多ある懸賞の中から、レトルトの鶏飯や島豚ハム・ソーセージ、くろきび酢や黒糖焼酎、奄美の特産スイーツ、フルーツジュース、大島紬の小物などには見向きもせずに「軍政下奄美の密航・密貿易の本& 奄美紬のしおりセット」を選んで当選してしまい、奥さんから無言の圧力を受けましたが、先日、奥さんも応募していた「鶏飯セット」が届きました。なんと夫婦揃って当選でした!それにしても、こんな競争率高そうな景品、よく当てたものです。

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 当選商品には、今回のキャンペーンに関するアンケートが同封されていますが、喜々として書き込んでおりました。我が家に平和が訪れました。みなさんに敢えて言いたいです。「神は存在する」と。本日、確信しました。 


 昨年12月、義父の一周忌で奄美大島に行ったとき、レンタカー店から「Go to 奄美プレゼントキャンペーン」の応募用紙をもらいました。

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 来島した観光客総勢10000人に合計4000万円分の奄美特産品が当たるという太っ腹なキャンペーンで応募したところ、「軍政下奄美の密航・密貿易(佐竹京子著)& 奄美紬のしおりストラップセット」に当選しました。春から縁起が良いです。

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 「軍政下奄美の密航・密貿易」を知ったのは、2016年に読んだ徳田虎雄に関する書籍「トラオ」でした。戦後、徳田の父親はアメリカ軍政下の徳之島にて砂糖の密貿易をしており、その背景や当時の状況を説明する本として書名が出ていたものの、当時は絶版でした。ところがキャンペーンの懸賞の中に、この本が!

 キャンペーンの景品カタログにはレトルトの鶏飯や島豚ハム・ソーセージ、郷土料理の詰め合わせ、くろきび酢、黒糖焼酎、奄美の特産スイーツ、フルーツジュース、大島紬の小物などが並んでおり、その中から希望の品を選んで応募するのですが、奥さんに当選を伝えると「何が当たったの?」と嬉しそうに聞くので「奄美の密貿易の本」と返事すると無言でした。でも、顔には「ちっ、お前は、そういう奴だよな」と書いてありまして。

 す、すまんのう、でも、どうしても、この本だけは読みたかったんじゃ!

 届いた本と一緒に新聞の切り抜きのコピーが入っており、2018年に15年ぶりに再販されたそうです。仕事の合間に、ゆっくりと読んでます。 


 モデルアート誌2021年2月号(通巻1054号)のブックレビューにて「ソ連の最優秀主力戦車T-80Uと派生型」を御紹介いただきました。ありがたいことでございます。

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 巻頭特集のエアブラシ記事ですが、各社の溶剤比較や洗浄せずに違う色を連続吹付けした場合の実験、エアブラシ洗浄のツボなど、今までにない切り口で、一読の価値ありです。


 先月下旬、近藤正哲さんが急逝されました。近藤さんは、模型クラブKG7の創設時からのメンバーでスクラッチビルドを得意とし、今から50年前、十分な資料や工作材料もなかった時代にエレファントやシュトルムティーガー、I号戦車、オチキスH39、九七式軽装甲車、E100超重戦車などを作り上げ、タミヤニュースや模型雑誌に紹介されました。
 現在、50代以上のモデラーであれば、その作品を覚えている方も多いと思いますし、影響されてスクラッチビルドを始めたという方もおり、私もその一人です。KG7に入ってから近藤さんの御自宅でエレファントや九七式装甲車を見せて頂いたときは、本当に興奮しました。
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 先週の木曜日、呉光雄さん御夫妻、本島治さん、東郷隆さんと御一緒に近藤さんの御自宅に御線香をあげに行きました。昨年、お会いしたときは、すごくお元気な様子だったので、訃報を聞いたときは信じられなかったです。

 以前は渋谷にお住まいでしたが桜新町に引っ越された際、プラモデルの多くは処分したそうですが、今回、御遺族の方が「模型作品」と横書きされた未開封のダンボール箱を出してきてくれ、開けてみたら、写真のエレファント、I号戦車、オチキスH39、九七式軽装甲車が入ってました。一同、驚くやら感動するやらで「この砲塔は、プラ板の積層から削り出したんだよ」「シリコンゴムなんかない時代だから転輪は一個づつ手作りなんだよね」等々、思い出話に花が咲きました。
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 きっと今頃は、あの世で十川さんと模型談義をしていると思います。近藤さん、どうか安らかにお休みください。 

 義弟の葬儀のために新潟へ行っておりました。中学生の頃に高校数学の問題を解き、高校生の姉に微積分をレクチャーするほど頭の良かった彼は、鹿児島大学医学部に進学したものの、三年生になって持病のアレルギーが悪化し、満足に授業に出られなくなった上、担当教授と折り合いが悪かったことも重なって退学します。
 一時期は予備校の講師をしていましたが結局、医師になりたいと新潟大学医学部に再入学し、卒業後は大学付属病院の医局で喘息とアレルギーの研究を続けて、7本の共著論文を提出し医学博士号を取得します。

 普段は無口で冗談も言わない性格なので、きっと患者さんを診察するよりも研究室に籠るタイプだろうと私も家内も勝手に思っていました。
 なので、通夜や葬儀の席で病院の上司や同僚の医師、看護師から「患者思いの熱心な先生だった」「現場が厳しいとき、冗談を言って空気を和ませてくれた」「先生のブラックジョークが好きでした」「患者さんに人気があった」「地域老人の健康意識を高めるため、夜間集会を発案・実行し、それは今でも継続している」などの話を聞いて、とても驚きました。

 無神論者だったので葬儀は無宗教型式で行われました。無神論者=共産主義者と思われがちですが政治には全く無関心で、義母が年に数回も伊勢神宮を参拝する熱心な崇敬者だったことが嫌でそうなってしまったようです。無神論者故、戒名も故人を偲ぶ一周忌や三回忌の法要もなく、遺族としては寂しいですが、こればかりは本人の希望なので仕方ありません。

 あるとき、奇跡の回復について話題にしたとき「本人や家族が奇跡を期待するのは当然だし否定しない」と前置きしつつ「義兄さんのいう奇跡が劇的な回復のことをいうならば、それは治療の成果が遅く出たのかもしれないし、ある治療方法で原因の一つが取り除かれた結果かもしれない」「自分は、後は神に祈るだけとか奇跡を期待という言葉は医学の敗北だと思っているので、口にしない」と語っていたので唯物論者でもあるのでしょう。

 死因は悪性リンパ腫で闘病生活は1年9ヶ月にも及びました。同僚の医師たちが全力で治療にあたってくれ、今年の夏頃には一旦は回復し、この様子なら10月に退院とまで言われましたが、ここ数週間で急激に病状が悪化しました。
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 新型コロナウイルス感染防止のため、お通夜は通夜ぶるまいもできず、葬儀の参列者を分散させるため、直前まで勤務していた総合病院でも、お別れ会を開きましたが、200名以上の医師と看護師、元患者さんが彼のために集ってくれたそうです。

享年58歳は、あまりに早すぎます。


 月刊モデルグラフィックス誌2020年11月号にて巻頭特集「T-34レジェンド・オブ・ウォー」に絡めて、吉祥寺怪人さんと対談をさせていただきました。よろしかったら、ぜひともご覧下さい。
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 特集の作例でタミヤのT-34 1942年型があるのですが、実は私が高校生だった頃(たしか1975年?)の新製品で、これとKV-2のキットを組んだことがソ連戦車を調べ始めるきっかけになったのですが、まさか、令和の時代にカラーページで懇切丁寧な製作記事を読めるとは思わなかったです。

 タイムマシンで戻って、当時の自分に教えてやりたいけど

「ソ連は消滅しロシアになって、21世紀にすごくリアルなT-34戦車の映画が作られる」

「今、お前が作っているタミヤの新製品のT-34は、その映画を特集した2020年の模型誌のカラーページで作例が掲載される」

「ソ連戦車は大概、キット化されていてSMKやT-35、T-28もある」

「タミヤがKV-1をリニューアルする」

「お前が香港の模型会社でT-34 1940/41年型とT-34-85のキット開発に関わる」

とか言っても「この大嘘つき野郎が!失せろ!」と絶対に信じてもらえんでしょうね。


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