GUMKA工房記

千葉県南流山にあるGUMKAミニチュアの備忘録を兼ねたブログです。

カテゴリ: 手すさびに


 先週の土曜日、HJ誌のライターである青木周太郎さんが幹事で忘年会がありまして。


 宴もたけなわの頃、呉光雄さんが御自身のコレクションである往年のレジンキットを数名に配布し、「これは絶対に高田君が作ってね」と手渡されたのが懐かしのアキュリット・アーマー1/35 BTR-60PBでございます。


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 寸詰まりだったVPトロフィモデルとは異なり、今でもプロポーションは説得力があります。裏を見ると1987年とモールドされており32年物でございます。


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 来年の忘年会までに完成を約束しました。今こそ工房のどこかで埋もれているオン・ザ・マークのBTR-60用エッチングパーツを発掘し使うチャンスです。


 まずはキット付属のホイールは手作り原型のため形状や正円が今一つなのと、当時のアキュリット・アーマーの特徴で真空脱泡が完璧ではなく気泡があるので、今風のデジタル原型のレジン製ホイール入手からですね。


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 「BTR-60PBならトラぺからプラモが…」とか言う方がおりますが、そんなことは百も千も承知の上で作らねばならんのですよ。

アーセナル1/35 UAZ-452/-452Dのキットがウクライナから届いたので、
同梱するレジンパーツを量産中です。

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原型製作などで部品を数個程度、複製することはあっても、
数十個も手流しで量産するなんて、ここ何年もやっていなかったので、
今一つ勘所が戻らず、5個に1個の割合で失敗しています

あ成型色がマーブルなのは、ワンボックスバンの淡いグレーの
成型色に近づけようと、レジンを着色したら、
見事に失敗したから 

慣れないことを適当にやってはいけませんね。

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品質に差はないので、御安心ください。



砲塔原型が完成しました。他ブログでは公表済みでしたが、
こちらしか見ない方も多いようなので一応…

簡単に出来上がると思って始めましたが、
やってみたら、意外に手こずりました。

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ただ、形にしてみたら、やはりIS-3はカッコいいですね。
ミンスクやモスクワ、ワルシャワなど各地で実車を見ましたが、
私の頭に焼付いたイメージが、なんとか再現できたかな?と。

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美しい外観とは裏腹に車内の居住性が悪かったうえ、
車体各部の問題点も発見され、わずか2年で生産は打ち切りとなり、
1947年に後継のIS-4にバトンタッチします。

ところが、期待されたIS-4は居住性こそ良かったものの、
10トンも増えた重量は現場に不評で、生産コストはIS-3の2.5倍も高く、
たった250台で生産が終わりました。

結局、軍では、引き続きIS-3を運用することとなり、
1948年から52年までに、転輪のベアリングや無線機の交換などの
改修プログラムが施され、さらに1959年~60年からは、
エンジン換装、転輪のT-10との共通化、サイドフェンダーの追加、
暗視装置の追加などが行われ、IS-3Mに名称も変更されます。

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仕事仲間の岡田さんにエッチング原図を描いてもらうため、
エッチングの指示書を作成中です。


バイクの模型開発が諸々あって発表できる物がないので、気分転換に久々にAFVの原型を作っています。
 
アイテムはソ連重戦車IS-3の1945年型砲塔です。1996年に発売されたタミヤのキットの砲塔が、私の実車イメージとは異なっていたので、いつかは作りたいと思っていましたが、当時は競合他社の模型開発の仕事をしており、立場上、それをやると、色々とマズイので、「やっぱり、できないよね~」と延び延びに。
 
ところが、昨年10月、20年以上も仕事をしてきたその会社が、台頭する大陸の新興模型メーカーへの対抗上、AFVモデルの開発コンセプトを「アイテムの珍しさと開発スピード優先」へと路線を転換し、我々を含めた社内外の企画・設計・開発の人材を一掃しまして。
 
あれから丁度、1年過ぎたし、キットの発売から18年も経つから、そろそろ、いいかな?と思った次第です。タミヤのキットは、外箱の側面に実車写真が掲載されていますがポーランドポズナニの軍事博物館で実車取材したそうです。
 
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1946年、ソ連ポーランドに2輌のIS-3を供与しますが、ポズナニに残る実車は、このときの1輌です。


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現在、ロシアやウクライナベラルーシなど、旧ソ連圏に残るIS-3は、ほとんどが、1950年代末に近代化改修されたIS-3Mばかりですが、ポズナニ実車は改修されていない貴重な1946年型です。
 
 
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タミヤは、この実車を取材し、車体側面などを変更して、1945年型としてキットを発売しましたが、砲塔は完全に1945年型にはなっていません。例えば、砲塔後部の雨どいは、1946年型の特徴で1945年型にはありません。
 
砲手用ペリスコープ基部は、ポズナニ実車のままでなく、なぜかアメリカのアバディーン兵器試験場に展示されているIS-3Mのように大型化してペリスコープの取付位置も、やや外側に移動した形状です。
 
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この大型ペリスコープ基部は、1946年型砲塔の後期生産型から導入されたので、最初の量産型である1945年型砲塔なのに、なぜ、こうしたのかは不明です。
 
その辺も含めて、いろいろ手を入れてみました。
 
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当初は、シリコンゴムで型取して、10個ほど注型したら、ソ連戦車好きで完成品を製作している友達に配って残りをワンフェスで売ればいいかな?と思っていたのですが、
ある模型店から、まとまった数を卸売して欲しいとのリクエストがあったので、キチンとした製品にすることにしました。
 
AFV好きな皆様、発売されましたら、よろしくお願いいたします。
 
 

とりあえず、エンジン&ミッションの動力系が完成しました。

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ダイナモセルモーターケースが、エンジン前部にありますが、
当時の電装系の故障の多さと整備性を考えると納得です。

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セルモーターのケースは、結構、大きくて、上から見るとエンジンヘッドより、
かなり右側に張り出しています。

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最早、老眼な50代には、辛い作業でした。

ミニアートの1/35ハーレーの横置きV型二気筒エンジンを
縦置きにして、駆動系もチェーンからシャフトに変更します。

文字にすると簡単だけど、作業が面倒なのは、模型の常

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