昨年12月に他界した義父の一周忌ということで、義父の生誕地である奄美大島と本家の御墓がある鹿児島へ18日から21日まで行ってました。
R1124325
 義父は昭和5年(1930年)に奄美大島の名瀬で生まれ、昭和18年(1943年)に鹿児島に引っ越しました。生粋の奄美大島人ではなく、義父の父は徳島県出身で神戸で商社に勤務してましたが結核を患って仕事を辞め、転地療養のため空気の良い奄美大島に夫婦で移住します。

 生活のために奥さんが名瀬でミシン販売店を始め、本人も結核が完治した後に奄美大島で議員となり、7人の子供を授かりますが、その次男が義父でした。
R1124336

R1124355
 第二次世界大戦が始まるとミシンどころではなくなり、子供たちを大学まで行かせたいという教育熱心だった義祖父の考えもあって、昭和18年(1943年)に家族で鹿児島市内に引っ越します。義祖母は新たに縫製会社を立ち上げましたがこれが大当たりし、大勢の御針子を抱えて、天文館の大見高島屋の真向かいに大きな店舗兼住宅を構えるまでに繁盛しました。
R1124363
 現在、店舗のあった場所は広い駐車場になっていましたが、家内も子供の頃、祖父母宅に遊びに行くと夜遅くまで大通りを走る車の音がうるさくて、なかなか寝られなかったそうです。

R1124372
 義父の兄弟たちによれば、幼少期を過ごした名瀬も当時の面影はないとのことですが、今回、駆け足ながら義父の足跡を辿ることができて良き一周忌でした。コロナ禍が収束したら、ゆっくりと再訪したいです。