今は農業をやっているWさん(60代前半)は元編集者で、趣味は釣りとソロキャンプ。大学生の頃から中古のオフロードバイクに寝袋とテントと釣り道具を積んで、いろんな場所で野宿していました。
 旅先で不思議な体験もしており、某離島の山道を歩いていたら、急に身体が動かなくなったというライトなものから、はっきりと姿を見たというヘビー級までありますが、今回は、そのはっきり姿を見た話を聞かせていただきました。


 今から約20年前、まだWさんが40代の頃です。当時は都内で編集者として働いていましたが、大変だった仕事が終わり、気分転換にT県のキャンプ場に行くことにしました。

 アニメやドラマにもなった人気コミック「ゆるキャン」の影響からか、冬でもキャンプをする人が増え、今では通年営業しているキャンプ場も普通にありますが、当時はゴールデンウィーク辺りから大学の夏休み終わり頃(9月下旬)までの営業が一般的でした。
 そこも夏は事務所に管理人が常駐していますが、オフシーズンは基本的には休業で、知人や常連は事前に予約すると利用できるシステムでした。

 このときも10月でオフシーズンだったため、管理人さんに電話をすると「ゲートの鍵の隠し場所を教えるから、好きな時間に入って、帰るときに忘れず施錠して鍵を元の場所に隠しておいてね」「自分の出したゴミは全部、持ち帰ってね」とのことでした。

 車でキャンプ場に到着したのは午後3時頃。テントを張り、テーブルとイスを出し、ランタンをセットして食事の準備を始めます。日が暮れるタイミングで夕食にし、後は飲みながら、ランタンの明かりで持ち込んだ長編コミックを読んでいましたが、夜10時過ぎには酔いが回り、冷えてきたのでテントで寝ることに。

 トイレに行きたくて目が覚めたのは夜中の3時頃でした。用を済ませて夜空を見上げると、空気がきれいで、周囲に明かりが全くなく真っ暗だったので、様々な秋の星座を確認でき、思わず座り込んで、しばらく見とれていました。

 暗がりに目も慣れてきた頃、ふと人の気配を感じたので、その方向を見ると、キャンプ場の入り口から10mほど先の道に一人の女性が立っています。月明りだけなので、顔はよく見えなかったものの、遠目にもスタイルが良く身長も170㎝はあり、10月の夜なのに白っぽいノースリーブのシャツにハーフパンツ姿でした。

 服装こそ違和感があったものの、相手がはっきりと見えていたので「こんな時間にキャンプ場に?でも車がないぞ?まさか道路灯もない山道を女性一人で徒歩で登ってきたのか?いや、そんなはずないよな。もしかして彼氏と喧嘩して自分から車を降りて歩いているパターンか?」などと妄想を巡らせていました。

 女性は、こちらを気にする素振りもなく、道路から脇の林に入ると、滑るようにスーっと斜面を(早足で?)下って行き、そのまま藪の中に消えました。そこで「あれは絶対に人ではない!」と急に怖くなってテントに逃げ込み、寝袋に潜って朝を待ちました。

 夜が明けてから、女性が立っていた辺りを確認しましたが、下に向かう道や階段はなく、林の傾斜面も降りられなくはないけど、足元を照らす明かりなしで、あの速度で下るのは、かなり危険だったそうです。

 後日、管理人さんと会ったときに、この女性の話をしたところ、

「深夜に道路脇に立つ女性の話なら、キャンプ場の利用者や、あの道を通る人から聞いたことはある。でも、私は夏休みの期間中は毎日、キャンプ場で寝泊まりしているけど、一度も見たことない」

「もし幽霊だったとしても、熊やイノシシの方がずっと怖い」

とのことで、あんまり気にしている風ではなかったとのこと。

 その後、このキャンプ場を利用したものの、女性を二度と見ることはなく、キャンプ場が廃業した後は、その近所に行くこともなくなったそうです。