数年前、実家に置いてあったグンゼのハイテックシリーズの1/12バイクを両親に勝手に御近所フリマで売り払われました。「もういらないかと思った」そうです。同様の苦い経験をされた方は意外にも多く、この話をすると様々な方から、励ましやら同情の声をいただきました。しかし、その中に「これに比べたら、自分など軽傷」と思える話がありました。


その方はKさんといい、この話を聞いたときの年齢は30代半ば、御職業はDTPオペレーター兼CGデザイナーで都内の編集デザイン会社に勤務。御実家は茨城県の古くからの農家で畑作主体ですが、所有する土地は広く、かつては牛や鶏も飼っていたそうです。兄弟は妹さんが1人いましたが、遠く離れた地方に嫁いでしまい、実家には御両親だけが住んでいました。

実家の敷地には、トラクター置場と作物の仕分け作業場だった木造の小屋があり、Kさんが高校を卒業する頃には使わなくなっていたので、両親の了解をもらって自分の模型倉庫にしました。Kさんは模型なら、戦車から飛行機、車、ガンダムまで集める人なので、広い保管場所が必要だったのです。

 専門学校卒業して社会人になってから始めたのがオートバイのレストア。友人から不動のホンダCB250をもらい、修理して走れるようにしたのがきっかけで、近所から数台が集まったそう。やがて解体屋巡りをして、部品取り用に不動車や事故車を買う位、夢中になったそうで、何台買っても、もらっても、広い模型倉庫に入れるだけですから自然と台数も増えます。

 一方で模型収集も止まりません。社会人となって杉並区のアパートに引っ越し、電車に乗れば都内の主要な模型店という好立地では、在庫が増えないわけがありません。買った模型は宅配便で実家に送り、模型倉庫に放り込んでもらうよう電話しておくか、帰省の時に持って行けばいいだけです。

 難点は都心の自宅と実家との距離。同じ関東地方とは言え、実家に帰るには、途中まで高速道路を使っても車で片道約3時間。それでも、バイクの再生作業や模型の整理のために最初は月2回は土日に帰っていたそうですが、数年もすると次第に足が遠のき、毎月が2~3ヶ月に1度になり、結婚してからは、世間並みに御盆と正月だけになったそうです。そして悲劇は、ある年の夏休みに起きました。

 実はKさん、その年の正月は年末から子供さんと奥さんが風邪で伏し、自身も仕事の切れも悪かったので、結局、帰省はせず、1年ぶりの家族での里帰りとなりました。道路が混む御盆時期をずらして、8月の最終週に実家に付くと、模型倉庫があった場所に4階建てのマンションが80%くらい完成して建っています。

「え?!、と、とうちゃん、こ、これは一体?ど、どーしたんだよ!」

「ああ…、お前に言うと、絶対、反対すると思ってな、黙ってたんだよ。何の心配もいらないよ。このマンションは、お前のものだよ。俺も色々考えてな。お前も今は働き盛りだからいいけど、年とってからも、徹夜だぁ、会社に泊まれだぁ、正月や盆にも帰れないような仕事を続けられるんか?かといって、いきなり帰ってきて働けいっても、コンピューターで絵書く仕事なんて、この辺にはねえ」

「嫁や孫の事も考えると、なんか収入の入る事をしてやらねばと思ってな。全部、おめえのためなんだよ」

 実家の御両親は、御墓を守ってもらいたいので、Kさんに戻ってきて欲しかったのですが、お嫁さんの手前、農家を継いでくれとは言えず、悩んだ末、マンションを建てたのです。建設会社や不動産会社の人と敷地のどこに建てるか相談したところ、模型倉庫のある場所が、公道に面していて日当たりも良く、ベストであるという結論に。

「い、いや、そーじゃなくて、あの小屋の中にあった、俺のバイクやプラモは?」

「あはは、そんな事、なーんの心配もいらねえ。とうちゃんが、ちゃんとやっておいたよ」

「お前も知っている●●さん、今、長男と建物の解体屋やっているんだよ。その●●さんに頼んで、全部、きれいに処分してもらったよ。走らないバイク、40台もあったってよ。走れば売れるけど、動かねえバイクは、ただのゴミだってさ(笑)」

「プラモはユンボが来て、小屋と一緒にバリバリと潰してくれて、ものの10分さ。面倒がなくってよかったよ。金の事は心配いらねえぞ。ちゃんと、とうちゃんが払っておいたよ。お前に迷惑かけねえって決めたからなぁ。どうだ喜んでくれるか?」

 奥さんが横で喜びの余り、泣き出したので、とても、あの模型やバイクは手に入らない貴重なものばかりで、どーしてくれる!とはいえなかったそうです。ショックの余り、無言で立っていたら、おとうさんが勘違いして「喜んでくれるかぁ、よかった、よかったよ!」

 と泣き始め、おかあさんも、もらい泣きし始めたので、もう仕方ないと思った途端、

「ありがとう、とうちゃん。うれしいよ、おれも、あのガラクタ、どうしようかと困ってたんだ」

と、心にもない言葉が、すらすらと出てきたそうです。歴史上の悪徳政治家や独裁者が、革命や暴動で民衆に囲まれて、心にない宣言や布告をするって、こういう気分なんだな、と思ったそうです。

 この話を聞いてから、私も実家から模型を回収してきました。とは言っても、部屋に入りきらないので、量にして全体の1/4程度です。おかげで私の部屋は通路を残して一杯状態に。家内に暫定処置で、物置とか、階段下に置かしてくれないか?と頼んだところ、ニヤリと笑って「ユンボが来て、バリバリと潰して、ものの10分ねぇ」

何も言い返せなかったです。