商社の駐在員として、1985年から87年まで、イタリアに滞在した後輩の齊藤君の話。

滞在して1年近く経った頃、街にも慣れたので日本にいる頃から欲しかったモト・モリーニ社製のV型2気筒350ccエンジンのバイクの購入を決意した。ロングセラーな車種だったので、中古車は豊富にあったが、丁度、フルモデル・チェンジをしてスポーティなデザインとなり、それまでのスポークホイールからキャストホイールに変更されたので新車で買うことにした。

何件かバイク屋を下見し、友人のアドバイスもあって面倒見が良いと評判の郊外のバイク屋から買った。

しかし、1カ月でイタリア製バイク御約束のエンジンオイル漏れだけでなく、フロントフォークからのオイルにじみ、スピードメーターの針が微妙、ライトが、たまに点灯しないなどのマイナー・トラブルが。それでも、だましだまし乗っていたら、ある朝、エンジンが掛からなくなった。プラグを変えたり、キャブレターを調整してもダメ。

仕方ないので、買ったバイク屋に運んだ。若いマネージャーは腰が低く何度も謝って、

「保証期間中なので、もちろん無償で修理します。三軒先の大きな石が入り口ある塀に囲まれた建物が、私たちの修理工場です。お急ぎなら、直接、工場長に故障の状況を話してください」

バイクを押していくと確かに大きな石があり、その横に旧ソ連書記長のフルシチョフみたいな、太った禿オヤジが立っていた。

「ここは修理工場かい?」

「見れば、わかるだろう」

中に数台のバイクがあった。フルシチョフ、タバコに火をつけながら、

「今、マネージャーから電話があったよ。どうしたんだ。話を聞こう」

故障箇所を説明してると、聞きながら飲み物を一服し始める。説明し終わると「それで?」との返事。

「それでって、だから直して欲しいんだよ」

「どこを?」

「全部だよ!全部!」

仕方ないな、という様子で、バイクを中に入れてくれという。

意外にも修理中のバイクを、そっちのけで、すぐ修理が始まり、かなり手際は良かった。

「モトモリーニ社製の350ccは、けっこう故障が多いのか?」

「いろいろだね。昔から生産されているので良い個体に当たると、ぜんぜん壊れない」

「俺のは、ハズレか?」

「わからん。一回直せば、あとは壊れないかもしれない」

「イタリア製バイク全体としてみると、この手のトラブルは多いのか?」

オヤジ、齊藤君を見て
「…なあ、バイクなんて、そんなもんだと思わないか?工員だって、仕事しながら、彼女との昨夜の出来事を思い出してりゃ、ネジくらい締め忘れるし、ライトの配線コネクターもしっかりはめないさ。でも、それは、オレみたいなやつが、直せば良いんだし。旅の途中で壊れたら?それは苦労するけど、そのときの苦労話で、友達と飲めるじゃないか」

「こう考えられないか?トラブル込みでバイクライフ。トラブルがイヤなら、ホンダに乗りな」

結局、バイクは部品の交換が必要で、すぐには直らないので置いていく事になった。

翌日、会社でアルバイトの大学生(もちろん、イタリア人)に、この出来事を話すと

「齊藤さんは運がいいですね。最初の1カ月で、壊れるべき所が、ほとんど壊れたんでしょう。
何度も、バイク屋に行かなくて良かったじゃないですか」

なるほど、こういう考えで、社会が動いているんだな。やっぱり素敵だイタリア人。

(続く)