「きっと部品が、すぐには届かなくて、一ヶ月くらい放置されるんだろうな」

齊藤君はそう心の声で呟きながら、モリーニをバイク屋に預けたが、5日程で修理完了の電話があった。引き取りに行くと、例のフルシチョフ似の工場長が、ご機嫌で日常整備のポイントを教えてくれ、ボルトの増締めを忘れるなとアドバイスしてくれた。意外にも、それ以後は大きな故障がないまま、帰国までの2年間、楽しませてくれたそう。

イタリアで感心したのは、地方にツーリングに行って、道端で休んでいたりすると、かなりの確率で、バイクが止まってくれ「どうした、マシン・トラブルか?」と声が掛かること。もちろん、それだけ、故障が多いのかもしれないが、ライダー同士の互助意識は、かなり高い様子。

あと、日本人がイタリア車に乗っているのが珍しがられ、どこでも話掛けられるので、各地で沢山の思い出ができたという。

帰国のとき、苦楽を共にしたモトモリーニも持ち帰りたいと望んだが、今と違って木枠梱包と送料と保険が予想よりも高額だったし、日本でも中古車が手に入ると聞いたため、友人に売却したという。

日本に帰ってから、しばらくしてホンダのブロスII (400cc)を買った。SRXとGB400も候補だったが、モリーニと同じV型エンジンが決め手だった。2気筒エンジンとは思えないくらい振動が少なく、モーターのようなエンジン、素晴らしい加速性能と高速安定性、なにより、その品質に、ホンダの優秀さを実感した。ただ、不思議なことに、いくら乗っても愛着は感じなかったという。ブロスはモトモリーニより性能や品質は遥かに勝るものの、おもしろさがないのだ。

やがて、各地の中古バイク店で、5000kmも走っていないバイクが、沢山、売られているのを見て、自分と同じ感想を持っているライダー多いのでは?と思った。

その後、結婚して子供も生まれ、丁度、フィアット・パンダを安く譲ってもらった事もあって、バイクを降りたが、子供が手を離れたら、もう一度、乗るつもりでいるそうだ。そのときは、またモトモリーニの350ccと決めている。

「三年間のイタリア暮らしがなければ、自分は、自信家で、頭でっかちで近視眼的な視野しかない人間になっていたと思います。重箱の隅をつつくようなチェックで、商品を品質向上させれば、その会社のためにも自社のためにもなり、それが、やがて自分のためにもなると思っていました」

「でも、イタリア人と過ごすうちに、世の中には、異なる価値観も存在すると気付いて妙に救われましたよ」

多くの日本人にとって、時間や納期を守れない、工業製品なのに、バラツキがあるというのは耐えられないことであるに違いない。それは私も同感だ。ただ、趣味性の強い物や食品については必ずしも、そうとは言い切れないと思う。

最後に、齊藤君の言葉で締めたい。

あるとき、イタリアの小さな加工食品会社の女性社長との商談で「倍の量を買うから値段を下げてくれ」と頼んだところ、彼女は

「誤解をされているようですが、我々は今の売り上げで充分です。我々の会社は小さくてファミリー同様です。もし増産などしたら、人を増やさねばならず、せっかくの良い人間関係が壊れるかもしれません。そうなると今の味が維持できなくなり、会社を続ける意味がありません。もし、今の人数で増産をすれば従業員と従業員の家族に負担をかけます」

と断わり文句がきた。

そのときは「せっかくのチャンスなのに、イタリア人はダメだな」と思ったそう。

ただ今になって考えると果たして、ダメなのはどっちだったのだろう?

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MAXIMの常連の方々は覚えているかもしれませんが、この「イタリアよ、イタリアよ」は、以前に店のHP用に書いた原稿です。最近、工房を訪問してくれたYさんが、この話が一番好きだったと言っていたので再掲載しました。
これで、いつでも読めると思います。

再掲載にあたり、この話の主人公である齊藤君に久々に連絡したところ、以前より詳しく話してくれたので、一部を改訂しました。

齊藤君はこのときの商社を辞め、食品専門商社を経て、今は食材の卸会社に勤務しているそうです。フィアット・パンダは6万km乗ったら、あっちこっちガタがきたので、今はVWポロだそう。息子さんと娘さんが、まだ大学生と中学生なので、まだモトモリーニは買えないそうです。

「ジジイになってから、真っ赤なモリーニに乗るんですよ。カッコいいでしょう?」

うん。考えただけでも楽しいね。