まだ地球上にソ連という国が存在しており世界は西側と東側に二分された冷戦という時代の1987年、奥さんが、陶磁器で有名なマイセンに行きたいというので、今は亡き東ドイツを旅行し、ドレスデンにあった軍事博物館に寄りました。


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 展示物の中に、ZSU-57-2対空自走砲がありました。当時、まだ、若くてパワーに溢れていた私はメーカーの新製品も無かったこともあって競うように、友人らとソ連AFVのスクラッチ合戦をやっておりまして。柵の中に展示されているZSU-57-2を眺めながら、

「ZSU-57-2も造りたいけど、柵の中だし、車体にも上れないし、肝心の砲塔上面はシートで覆われているしな、」

などと考えていたら、やおら現れた数人の職員が周囲の柵を撤去し、車体に梯子をかけ、砲塔のシートを外し始めたではないですか。

 え?!と思って成り行きを見守っていたら、2人の職員に付き添われながら車椅子に乗った30才くらいの小太りの男性が現れ、数名の職員が介助して、その人を車上に乗せました。男性は持っていた東独製一眼レフカメラで砲塔内部や車体上面を優雅にパチリ、パチリと始めたではないですか。

 ダメもとで片言のドイツ語で、手近にいた人の良さそうな職員に「日本から来たモデラーで、私も、この車両には興味がある。できれば車体上面の撮影をさせてくれないか」 と問うと車上にいた一番、偉そうな老職員に聞こえたようで、すぐに「Nicht gut!(だめ)」と言って両手でXのジェスチャーを。

 「そうか、身体障害者への特別優遇か。社会主義国のメンツにかけてサービスしているのかな」と一瞬、感心しかけたら、話しかけた職員が英語で"He is writer of MBH"「彼は、MBH(東独の国営模型雑誌)のライターだ」そして、顔を近づけてコソッと小声で"His father is great in party" (親父さんは党のお偉いさんだぜ) と言って、ウインクを。

 なるほど共産党の偉いさんの御子息への特別サービスか。あんたたちも、大変なわけやね。冷戦が終わるなんて思ってもいなかった時代の話です。

*写真は、当時の東独の入国ビザです。