台湾人のH3さんが、前々からお願いしていた、
H2のインスト用下絵を送ってくれました。

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これがあると、インスト製作の作業が助かります。

少し前、彼は1/35スケールのM48A3戦車の設計を終えたのですが、
この仕事を最後にAFV(装甲戦闘車輛)のプラモデル設計を辞めます。

台湾の模型メーカーであるAFVクラブの設計スタッフとして、
この世界に係わり始め、7年前に独立してフリーに。

プラモデルの設計に興味を持ったのは、
子供の頃に読んだ田宮模型の紹介記事に金型の写真があって、
その金属美に魅了されたから… ちょっと変わっていますね。

私を含めて、多くの模型設計者や原型製作者は、実物の外寸、
つまり、外側から形状を追いますが、彼は逆にマニュアルなどを読んで、
頭の中で、シリンダーヘッド→エンジン→ミッション→補器類→機関室→戦闘室
という風にイメージ上で各部品を組み上げて、内側から形を認識していきます。

機械式腕時計のキャリバーの設計者が、同じ思考パターンらしいのですが、
この特異な脳内回路を持っている御蔭で、普通の設計者が苦手とする、
大砲やオープントップの自走砲が得意でした。
AFVクラブの大砲プラモデルに秀作&傑作が多いと評価されるのは、この才能の賜物です。

フリーになった後も、しばらくは同社の外注設計者として仕事をしていましたが、
ここ数年は、一緒に香港のドラゴンモデルズのプラモデル開発をやってきました。

ドラゴンのリャン社長と同じく、戦前の上海出身者の末裔とあって、
二人でよく話しをしており、仕事面でも重用されている印象で、
社長のお気に入りアイテムだったイギリスの25pdr砲も御指名での依頼でした。

この辺は、香港人や台湾外省人独特の同郷同胞意識の絆ですね。

おそらく、今回の引退は、リャン社長にとってもショックでしょう。



なお、辞めてしまう理由が実に彼らしく、

「設計したかった戦車を全てやってしまったから」

一種の燃え尽き症候群のようです。 

ちょっと、もったいないな…

今後ですが、私のH2の複合素材模型を手伝ったとき、
その泥沼ぶりがおもしろいと感じたそうで、
同じような製品を手掛けたいとのこと。

並行して実物のバイクのリプロ部品を手掛けるようです。

もともと、ベスパのレストア・コンテストで優勝するほど、
台湾バイク界では、有名な人物なので、これは頷ける転身かな?

決意した進路については止めないけど、
H2の一次原型みたいの造ってちゃ、ダメだよ~ 
あと、バイクの模型は売れないからね~(本当!)

AFV模型分野としては大きな人材損失ですが、
個人的には、彼のバイク原型製作技術が、
どれほど進化したのか、今から楽しみだったりします