時代は、まだ私が若くて馬鹿な小僧だった頃
季節は、もう寒さを感じる11月下旬
時間は、朝焼けが美しかった早朝

私は千葉県の館山に行くため、
カワサキ・トリプル系の最小排気量車である250ss(S1)で、
京葉道路を千葉方面に向かって走っていました。

今でこそ中古車が、とんでもない価格のS1ですが、
街中にRZ250やVT250F、CB750Fや
GSX750S刀が溢れていた当時は、
誰も見向もし
ないバイクでした。

私も普段はGSX250Eに乗っていましたが、
寒くなると空冷2スト車は調子が良くなるので、
この日はS1で出掛けました。

早朝とあって京葉道路はガラガラでした。

穴川を過ぎた辺りで後方から、
大排気量2スト車特有の排気音が聞こえてきて、
どんどん近付いてきます。

キャンディーゴールドのH2でした。

すぐ後ろまで迫ってきたので、
そのまま追い越し車線を
かっ飛んで行くだろうと思っていたら、
急に速度を緩めて併走し始めました。

ハンドルは殿様乗りになるオリジナルではなく、
フラットなタイプに変更されていました。
白いフルフェイスのヘルメットだったので
相手の顔や年齢はわかりません。

H2のライダーは、こちらを見ながら、
軽く左手を上げて挨拶してくれました。
ちょっとびっくりしましたが、
同じように私も左手を上げて挨拶を返します。

相手は頷くと、再びH2のアクセルを開けて一気に加速し、
大きな排気音と白煙を出しながら、
彼方に消えて行きました。

併走は、時間にすれば1分未満でしょう。

だんだん遠のく排気音、
ヘルメットのシールド越しに入ってくる排気煙の匂い、

遭遇から離脱までの一連の光景は、
50歳を過ぎた今でも忘れられません。

あれから30余年、1/12の複合素材バイクをやろうと
漠然と考え始めて10年、第一弾アイテムをH2に決め、
開発作業を始めて5年、キットを世に送り出して、
1年が過ぎました。

開発途中、多くのトラブルに遭遇したものの、
是が非でもH2を出したいという思いが続いたのは、
あの朝の思い出が、情熱の源泉でした。

あのときのH2のライダーは、自分が抜き去った
赤いS1の若造が30余年後、H2の模型を出すなんて、
夢にも思っていなかったでしょう。

一体、どんな人だったのでしょう?
きっと、相手は覚えていないだろうな…

もちろん、情熱だけでは何も形になりません。

実車取材を快諾してくれたオーナーさんや
ショップさん、バイク好きな仕事仲間&業界の皆様、
そしてブログにコメントしてくれた方々など、
沢山の人の御協力と応援で製品を世に出せました。

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あらためて、皆様に厚く御礼申し上げます。

グムカ・ミニチュア代表

高田 裕久