GUMKA工房記

模型の企画・設計とロシアのレッドアイアンモデルズの代理店をやっている「GUMKAミニチュア」の備忘録を兼ねたブログです。雨が降ると電車が止まるJR武蔵野線の新松戸と南流山駅の中間辺りに事務所はあります。近所に素材や塗料が揃う模型店がありません。最近、昔からやっている本屋が閉店しました。

2022年03月


 前回の記事の続きで、1936年型戦車帽についてですが、昨秋から義母の容体が悪くなり、補足記事を書き掛けのまま、えらく間隔が開いてしまったので、記事タイトルを変更しました。

 1936年型戦車帽はソ連初の音声通話装置が装着可能な保護帽で、それまでと区別すべく「TSh-4 シェレマホーン」という新名称が与えられました。TShは「戦車用保護帽」の意味です。使用者である戦車兵たちからは、それまでと変わらず「シェルム」と呼ばれました。

 頭部に三本の緩衝用パッドが付く基本的な形状は1934年型戦車帽に似ていますが、耳のフラップ部の内側に71-TK-1もしくは71-TK-3車載用無線機のイヤホンを収納する袋が付きました。71-TK-1と71-TK-3無線機の代表的な搭載車は以下のとおりです。

71-TK-1無線機の搭載車輛
T-38TU水陸両用軽指揮戦車、BT-5TU快速指揮戦車、BT-7TU快速指揮戦車、
T-26TU歩兵指揮戦車、T-28多砲塔中戦車、T-35多砲塔重戦車、BA-10装甲車など

71-TK-3無線機の搭載車輛
T-40水陸両用軽戦車、T-60軽戦車、T-34中戦車1940/1941年型、
KV-1重戦車1939/1940/1941年型、KV-2重戦車など


 1936年型戦車帽TSh-4(シェレマホーン)には士官用の黒革製と下士官・兵士用の布製があります。

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 1934年型戦車帽と比べると、前面の緩衝用パッドが、かなり大型化しています。
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 1934年型戦車帽では三本だった側面の緩衝用パッドが一本になります。
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 TSh-4 1936年型戦車帽の最大の特徴である側面フラップ部の内側に取り付けられた無線機のイヤホンを収納する袋です。

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 こちらは下士官・兵士用の布製のTSh-4 1936年型戦車帽。やはり前面の緩衝用パッドが目立ちます。
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 このTSh-4は一般的ではない仕様で顎バンドがなく、ボタンで締める構造になっています。
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 側面フラップ部の内側に取り付けられた無線機のイヤホンを収納する袋です。



 士官と下士官・兵士の差は戦車帽の材質だけでなく、1935年型ギムナスチョルカ(1935年型野戦服)の色も士官用は鋼鉄色と呼ばれるグレーだったのに対して下士官・兵士用はカーキ色と明確な違いがありました。

 さらに下士官と兵士は、ギムナスチョルカの上にコンビネゾーンと呼ばれる紺色のオーバーオールを着用するのに対して、士官には革製もしくは合成皮革製の黒いハーフコートが支給されました。これは戦車部隊の士官にエリート部隊の指揮官としての誇りを持たせることが目的だったと言われています。

 1941年2月の制服改正で士官用のグレーのギムナスチョルカは廃止され、下士官・兵士と同じカーキ色になります。革製ハーフコートもなくなり、将校にもコンビネゾーンが支給されることになります。  

 しかし、自分が戦前からのベテランであることを示すため、独ソ開戦後も革製戦車帽やグレーのギムナスチョルカ、革製ハーフコートを着用し続ける将校がいました。(続)


  まずは、一発死んでるイグニッションコイルの交換から始めます。使えないのは左シリンダー用のコイルですが、当然、三個全て交換になります。
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 バイクに付いていたイグニッションコイルはカワサキ純正ではなく、社外品のWAT YONG製でした。WAT YONGのイグニッションコイルは、海外オークションのe-bayや海外バイク雑誌の広告で見る割と有名な製品ですが、もともとは台湾製で、OEM供給されてWAT YONG以外にも各国の様々なブランドで売られています。

 私はEMGOブランドのコイルを入手しましたが販売店様より、あくまでポイント点火用コイルなので、CDI点火、フル・トランジスタ点火では使用できない旨、説明をいただきました。

 具体的に言えば、ポイント点火以外で使用した場合のトラブルの責任は一切持たないということです。私はアホなんで、そこを納得した上でボイヤーのフルトラシステムで使いますが、どんな結果になろうとも自己責任であることは理解しています。仮にすぐ故障しても絶対に販売店様や発売元のEMGOに文句は申しません。
 
 なので、もし貴方が、このブログ記事を真に受けて、EMGOやWAT YONGやらのイグニッションコイルをボイヤーに装着し、何らかトラブルに遭遇しても、私は一切責任は持たんし、文句も聞かんので、その辺だけは、ちゃんと理解してくださいね。
 あくまでメーカーはポイント点火用コイルとして供給してんだからね。本当に最近、変な人が増えたので敢えて言いますが「絶対に、この記事の真似はするなよ。やったからには全て自分の責任だからな」でございます。
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 台湾製イグニッションコイルですが、KH純正の金属製ホルダーより本体直径がやや細く、装着にはスペーサーが必要となります。私のKHは英国帰りなのですが、前オーナー様はスペーサーとして黒いビニールテープや養生テープを使うという荒技を決めていました。いや~痺れますね。

 コイル本体がアルミ製で固定するホルダーが金属なのは、発生する熱を効率的に逃がすためなのに、養生テープでグルグル巻きにしては熱が籠るのでアカンはずですが、これで何年も動いていたので、ある意味、凄い!でも結局、最後は一発死んだけどね。

 私は、手元にあった0.5㎜厚のアルミ板を丸めてスペーサーにしました。
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 さらに前オーナー様、本来は色分けされている点火コイルからの配線を全て黒一色でやっておりました。これも配線図どおりの青や緑や黄色のコードに戻します。
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 昔、私のバイク整備の師匠、Iさんからハーネスをリビルドする際、黒コード一色でやった人の話を聞きまして。

「…古いヤマハのバイクのレストアやっていた客が、メインハーネスの配線をやり直したは良いけど、黒一色でやって、案の定、お手上げになって泣きついてきてな」

「仕上がりを見たら電工ペンチじゃなくて普通のペンチとニッパーで作業したもんだから、ぐちゃぐちゃで、これはメインハーネスを丸々交換したほうが早いと思って部品発注したら、マイナー車だったから、当然、メーカーで廃版でさぁ」

「Z2やCB750やCB400Fourと違ってリプロ品があるはずもなく、結局、マニュアルの配線図と睨めっこして、やり直したけど、原付だから、たいした配線じゃないのに酷い目にあった」

たしか車種はジッピィ50(ヤマハ初のレジャーバイクだけど誰も知らない)だったと思いますが、似たような行動をする奴が英国にもいました。

 ちなみに黒一色でやった理由は「何色も配線用コードを買うのが面倒だし」「覚えられると思った」だったそうですが、前オーナー様も同じかな?


 香港で贔屓にしていた占い師がおりまして。的中率が80%くらいで、2005年1月の出張のときに運勢を見てもらうと「3年以内、2008年12月までに自宅の引っ越しをするから覚悟しておけ」と。

 当時は経営していた模型店も順調だったし、模型設計の仕事も新規を断るくらいの状況だったので、自宅の引っ越しなんぞあるわけない。まあ、これは外したなと思っていました。

 2008年5月に義母の癌が判明し、夏頃に担当医師から、このケースだと余命は数ヶ月から1年と言われました。
 当時、義父が糖尿病治療を行っており、食事の管理を義母がやっていたので、万一、亡くなった場合、誰が面倒を見るんだ?となって、言われたとおり、模型店を譲渡して、12月23日に義父母が住む新松戸に引っ越しました。

 実娘と孫二人が近所に越してきたこともあってか、義母は辛い治療に耐えて、数ヶ月後に退院し、担当医師は奇跡と驚いていました。ただ、5年以内に再発する可能性が高いと言われ、我々も覚悟はしていました。

 その後も義母は元気に生活を続け、一時期はパートにも出掛けるようにまでなりました。

 昨年、癌とは関係なく、膝関節を悪くして、年明けから歩行不能の寝たきり状態となり、介護認定の見直しをしてもらおうと言ってた矢先の先月末、急逝します

 義父の葬儀の際には、コロナ禍以前だったので、鹿児島から大勢の親戚が訪れましたが、今回はそれは無理で、将来、コロナ騒動が収まったら、御線香をあげに行くからと皆さんから言われました。

 この4年で旦那さんと長男を見送り、昨年6月には次女の結婚式にも車椅子で参列し、曾孫を見るまで頑張ると言っていましたが、それは叶わず。

 引っ越しから13年余、ずっと面倒を見ていた家内が一番大変だったと思います。彼女には、お疲れ様を言いたいです。


 ちなみに冒頭の香港の占い師、昔は割と暇で、顔見知りになったら、お茶と御菓子を出してくれたり、昼飯食べながら世間話したり、帰ろうとしたら郵便物を渡され「地下鉄駅に行く途中のポストに投函しといて」と雑用を頼まれるなど、のんびりとした雰囲気でしたが、やがて評判が評判を呼び、コロナ禍前は、予約がとれない有名人になっていました。
 

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