GUMKA工房記

模型の企画・設計とロシアのレッドアイアンモデルズの代理店をやっている「GUMKAミニチュア」の備忘録を兼ねたブログです。雨が降ると電車が止まるJR武蔵野線の新松戸と南流山駅の中間辺りに事務所はあります。近所に素材や塗料が揃う模型店がありません。最近、昔からやっている本屋が閉店しました。

2021年06月


 現在、某書の翻訳をやっており、文中で気になる記述があったので裏取りをすべく、カプリコーン・パブリケーションズの「The Czechoslovak Army  1945-1954(チェコスロバキア軍 1945-1954)」をM.S.モデルズさんより通販にて購入しました。

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 恥ずかしながら、こんな本が出ていたことを知らず、検索して見つけて海外通販しようと思ったら、たまたまM.S.モデルズさんに在庫がありまして。注文すれば2~3日で届くという利便さと、すぐ読みたい欲望が勝ってポチりました。
 
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 首都プラハがソ連軍によって解放されたためか、チェコスロバキアは、戦後すぐに共産化されたと思われていますが、ソ連の影響力こそあったものの、戦時中にロンドンに置かれていたチェコスロバキア共和国亡命政府の長であったエドヴァルド・ベネシュが1945年に帰国して大統領に就任し、国民戦線内閣が成立したため、東西どちらの陣営にも属さないという立場でした。
 独自の国産戦車の開発も目指しており、1948年には軍から提示された仕様に基づいて、CKD社とシュコダ社が競作で30t戦車の試案を出していました。

 この本では空軍と陸軍を紹介していますが、そんな政治的な立場を反映して装備もソ連とイギリスからの供与と旧ドイツ軍の置き土産(使える物は最後まで使おう精神?)で、戦車はクロムウェルとT-34-85とIV号戦車、飛行機もスピットファイアやモスキートがあるかと思えば、ソ連のラヴォーチキンLa-5FNやペトリヤコフPe-2爆撃機がいたり、メッサーシュミットBf109のエンジンを換装したCS-199がいたり、輸送機はタンテだったりと闇鍋のような状態です。

 歩兵の訓練中の写真では、戦車はクロムウェルで歩兵の手にはMP44突撃銃、被っているのは戦前のチェコ陸軍用のM34ヘルメット。もし、このジオラマ作って、どっかの展示会に持って行くと「時代考証が出鱈目ですね」とか言われること必至です。

 終戦の翌年に行われた選挙でチェコスロバキア共産党が第一党となると企業の国有化が推進されるなど国全体の雰囲気が怪しくなり、1948年6月のベネシュ大統領の辞任後には、共産党議長のクレメント・ゴッドワルドが大統領となって共産党の単独政権に。あとは1949年にはT-34-85のライセンス生産が始まり、転げ落ちる石の如く東側陣営の一員となり、当然、当初目論んでいた独自の国産戦車案も彼方に消え去ります。

 終戦直後の東側軍隊という、なかなか陽の当たらない題材ですが、こういう本はなくなると二度と手に入らないので、気になる方は入手しておくと損はないと思います。

 これを読むと、チェコスロバキア軍のクロムウェルMk.IVとMk.VIIがカッコよくて、タミヤのキットがあるのにSKPが簡易インジェクションでクロムウェルを出した理由がわかります。


 モデルアート様よりタンクモデリングガイド 第8巻「III号戦車の塗装とウェザリング 」の献本を頂戴しました。

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 線画イラストや四面図を使ったA型からN型までの変遷、ビジュアルでわかり易い軽戦車中隊の編成解説に加えて、本誌のメインである各ライターさんの作例は、塗装に課題を与えて仕上げてもらってあり、画一的でないため見応えあります。
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 以前のIV号戦車では短砲身と長砲身で分冊化しましたが、今回は一冊で全型を紹介しているので、よくぞコンパクトにまとめたなという感じです。深度スケールのあるIII号潜水戦車と砲塔からマストアンテナが突き出るIII号指揮戦車H型は、その出来上がったときの高さ故、ブログなどで個人の完成品をなかなか見ないだけに、こういう特集本の誌面で見せてもらえるのはありがたいです。 

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 事務所用に電子レンジを購入しました。基本的に食事は自宅で食べるし、お湯はガスコンロや電気ポットで沸かすので、これまでは必要性を感じなかったのですが、コロナ禍でテイクアウトする機会が増えて、あれば便利だなと感じてまして。

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 たまたま、温めと解凍機能しかない単純な機種の2019年式が格安だったので買いました。販売店は「年式遅れの東芝製」をPRしていましたが、御存知のように東芝の家電部門は「本丸が経営難なんじゃ。儲からん白物家電はブランドごと海外に売り飛ばしじゃ!」で2016年に中国家電大手企業のミディアグループ(美的集団)に売却されたため、価格の安さも含めて、そういう製品です。

 かつて某大手家電メーカーで基盤設計をしていたなんでも屋のチュウさん

「東芝は防衛庁(当時)にレーダーを納品していたんで、(その原理を応用している)初期の電子レンジは他社より優れていた」「分解して心臓部と回路を見たときは、こんな部品を(惜しげもなく)東芝は家電に使うのかと感動すらした」

「ただ、昔から東芝とシャープは技術屋の声が大き過ぎるから、使い勝手とデザインが悪くて説明書も文字が多く不親切でわかり辛い。使う側の視線が根本的に欠けてんの。当然、後発はそこを狙ってくる」

「大ヒットした後発他社の某製品は、ボタン位置とか使い易さが良く考えられてて、外装も高級感あるデザインで色使いも良くて、家電としての完成度が高かった」「説明書も使用者である主婦にわかり易いようにイラストを多用しており、レイアウトも考えられていた」

「でもね、たとえユーザーに優しくなくても、東芝の電子レンジは機能的には優れていたんだよ」

と熱く語っていましたが、そのなれの果てがこの格安電子レンジですから情けない。あと、当時、チュウさんが技術屋の発言力が大きいと指摘していた東芝の家電部門とシャープが両方とも国は違えど海外企業に売却されたのは興味深いです。

 東芝ブランドのミディアグループ製格安電子レンジ、耐久性に一抹の不安はあれど、これからは牛乳も簡単に温められるから、ロイヤル・ミルクティを飲もうと思えば、いつでも事務所で飲めるってことです(←たぶん、面倒くさがってやらない)



 電子レンジネタでもう一つ。1970年代末~80年代初頭、まだ出始めで価格が、当時に物価で約20万円もしていた某理系大学の方から聞いた話です。
 研究室に電子レンジ一台があれば、実験で泊まりになっても、いつでも温かい食事が食べられるんだよなと考え、丁度、彼の研究室は微生物や細菌を調べていたので、ものは試しと学校に「電子式土壌滅菌装置」として購入申請を出しました。

 申請書には担当教授のハンコが必要だったので、書類を見せると「この装置、なに?」と怪訝そうに尋ねられましたが、マイクロ波を照射して土中の細菌や微生物を滅菌する画期的な装置で、副次効果として冷めた弁当が温められ、冷凍食品を解凍できますと説明したら全て察し笑顔で押印してくれ、無事に予算がおりて、押印した教授も隣近所の研究室も重宝し、めでたしめでたしだったそう。さらに後日談で彼の卒業後も20年以上、その電子レンジは稼働していたとのこと。昔の国産家電は本当に丈夫です。



 先月、世界自然遺産登録される見通しとなった奄美大島・徳之島・沖縄本島北部・西表島ですが、2017年12月に忘年会旅行でその中の徳之島へ行きました。

 
小原の滝は、空港で入手した島の観光マップに載っていました。旅行前に買ったガイドブックには掲載されておらず、宿の方に伺うと島の南西部にある断崖絶壁から海に落ちる滝で、断崖全体が鍾乳石で絶景だけど、途中、崖をロープで降りねばならない難所とのこと。しかし気になったので近所まで行くだけは行ってみようとレンタカーのナビに「小原の滝」と入力して出掛けました。

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 島の周回道路から脇道に入るとあたり一面に収穫間近のサトウキビ畑が広がっており、その真ん中を車で走るので全員のテンションが一気に上がります。ナビの指示どおりに右左折を繰り返すと次第に道が細くなり、小さな集落の中に入る頃にはギリギリ車が通れる狭い道になり、端まで行ったら行き止まりでした。正確には未舗装の細い歩道?は続いていましたが、どうあっても車は通れません。
 実はレンタカーのナビが、かなり旧式で、小原の滝以外でも地名や店名を入力しても該当なしと表示されたり、バイパス道があるのに狭くて曲がりくねった旧道を案内したりと、いろいろなトラブルに遭遇するのですが、この時点では、まだ気付いていません。

 仕方なく戻ると集落の入り口付近でベトナムの指導者ホー・チ・ミンみたいなお爺さん(写真参照)がおり、こっちを見ていたので声を掛けました。
ホーチミン

「すいません、ちょっと道を教えて欲しいんですけど、小原の滝は、どう行けばいいですか?」

「アンタたちは観光客かい?なんで、こんな季節に?」

 本来、徳之島の観光シーズンはゴールデンウイークから10月頃までで、冬はオフシーズンのため、お爺さんが不思議がるのも当然です。

「この季節なら島中どこ行っても空いているし、忘年会旅行でのんびりしたかったんですよ」と説
明すると笑って、

「それはいいや。夏は忙しくて、みんながギスギスしてて嫌なもんだよ。●%▲@#$だ。小原の滝ってウトゥムジの滝だな。車で行くなら、この道を戻って…」

うん?なんか途中、聞き取れない言葉があったぞ?地元では小原の滝をウトゥムジの滝と呼ぶのか。

「ずっと行くと信号があるから、そこを右に曲がって真っ直ぐ行くと小原海岸の看板があって▲x#〇●=%で、□>▲#~vg●<○p●、▲#:〇M●~◆\+、そしたら、そこでまた聞けばいい」

 最初と最後以外が島言葉で名詞か動詞かの区別もつかず、もう一度、聞き返しましたが結果は同じでした。御礼を言って、とりあえず戻り、信号を右に曲がったら確かに看板はあったものの、結局はたどり着けず。そこでまた聞けばいいとは言われましたが、そもそも誰も歩いてないんでお手上げでした。

 島言葉、全然わからんぞと思っていましたが、2020年1月、緋寒桜を見に再び徳之島を訪れたとき、某飲食店でカウンター席に座ると女性店主が話し掛けてきました。

「お客さん、見ない顔だね。こんな
季節に観光?それともお仕事かな?」てな感じで会話が始まりまして。

 話が興じてくると次第に島言葉が入り始めたのですが、不思議と理解できます。以前のホー・チ・ミン爺さんとはえらい違いだなと思って、女将さんの言葉はわかり易いけど、年齢層によって島言葉は標準語化しているんですか?と小原の滝のエピソードを話したら、急に笑い始め

「種明かしをすると、私のしゃべりは標準語に雰囲気で通じそうな単語だけ入れる観光客向け島言葉よ。ほら、なんか知らない単語を聞くと旅してる感が出て、あー俺、今、離島に来てるってなるでしょう?」

「バリバリの島言葉を話したら、(観光客は)誰も付いてこれんから商売にならんもん。▲x#$〇●=%、@#:M●~◆ね。あはははは」

ある意味、この人はプロなんだなと感心しました。あなどれんぞ徳之島!

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