GUMKA工房記

武蔵野線新松戸~南流山の中間辺りにあるGUMKAミニチュアの備忘録を兼ねたブログです。

2014年12月

リードで繋がれているからだけでなく
なんとなく猫っぽくない…

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なんか、雰囲気が犬っぽいんですけど…

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不思議な猫です。


千葉方面に用事があったので、帰りは敢えて遠回りして、
東金の「ぐうらーめん」に行きました。

お昼休み直前で、行列はなかったものの満席でした。
いつものようにオーダーを聞きに来た後、待っていたら、
「お待ちの方、どうぞ~」と呼ばれ着席すると、すぐに着丼。

注文は、ネギチャーシューメンの薄味

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トロトロのチャーシューが絶品で、美味しくいただきました。
食べ終わって、店の外に出たら、行列ができてきました。

これが、おそらく、今年のラーメンの〆でしょう。


前回の続きで帰国便の機内食を紹介します。香港ー台北ー成田という空路でした。香港ー台北間は、単独メニューで、御飯の上にソースを絡めた鳥肉に付け合わせは冬瓜。牛乳プリン、ミネラルウォーターでした。

 

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御飯の上の鳥肉は、薄味の「ほていの焼き鳥」という感じでした。

 

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台北で約1時間半のトランジットがあって成田行きに。CAから日本語で「豚肉と魚、どちらにしますか?」と尋ねられます。まずは魚。御飯の上に白身魚の照り焼き、付け合わせはピクルスとショウガ(ガリ)、パン、キュウリ、フルーツ、チョコバーでした。

 

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豚肉の方は、バラ肉とネギ、ナスの炒め物で付け合わせは、ニンジンとインゲン。あとは魚と同じです。

 

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OCRモータースから模型化の許諾が下りる前、
香港から帰国した直後、仕事仲間の岡田さんと一緒に、
東京都世田谷区にある二輪車専門店「カウスペース」へと行きました。

こちらは、バンビーンのオーナー様である牛山宙幸さんが
経営するお店で店内に実車が鎮座ましましております。

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今回は、第一回目ということで、イメージを掴むための
写真撮影とフレーム採寸をしました。
屋内だったせいか、お台場の旧車天国で見たときより、
大きく感じました。

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二人で実車を見た感想は

「マッハより、はるかに大きい」
T-34 1940年型とIS-2重戦車くらい差がある)

「キャストホイールだし、水冷エンジンなんで、
エッチングパーツは少ないかな?」
(その分、レジンやメタルのコストが掛かる…)

「なんか、ライトのサイズ、大きくないか?」
(バイク用でなく、ポルシェ928の流用だそうです)

スピードメータータコメーターもポルシェの流用か…」
(自動車用なので色抜けしやすいそうです)

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「変な形状のサイドカバーだな?」
(なんだこりゃ?!)

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「なんであれ、前途多難そうだな…」
(二人の共通認識でした)

いろんな意味でやりがいのあるバイクです。


つい最近、白河ラーメンの名店「とら食堂」の支店が、
地元の松飛台にあると教えてもらったので行きました。
お店の名前は「とら食堂 松戸分店」

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 注文したのは、塩ワンタン麺 味玉入り。

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海鮮ダシの効いた美味しいスープにイイ感じな手打ち麺。
幸せ感じる昼食でした。

バンビーンOCR1000キット化の前提として、
商標とか権利がどうなっているのか調べてみました。

オランダ人実業家のHendrik Van Veen氏(愛称ヘンク)は、
ドイツ製のクライドラー・モペット輸入代理店「Van Veen Import BV」を興して財を成し、
1965年以降はクライドラーと共に世界選手権ロードレース50ccクラスの
レーシングバイクを開発して成功します。

富と名声を得た彼は、これまでにないバイクの開発を考え、
個人で、1971年からロータリーバイクの製作を始めます。

最初の試作車はモトグッチV7のフレームに
マツダの自動車用ロータリーエンジン載せていましたが、
その後、フレームを改良し、エンジンもルクセンブルク公国の
コモーター社製ロータリーエンジンに変えます。

計6台の試作車が作られ、最も完成度が高かった1台を
「OCR1000」と名付けて、1974年のケルンのモーターショーに展示し、
大きな話題となりました。

予想外の反響に自信を得たヘンクは、このバイクの市販を決意し、
バイク製造会社「Van Venn G.M.B.H」を創設し、
東ドイツ国境に近い西ドイツのドゥーダーシュタットに
ロータリーバイクの組立工場を確保します。

1976年に先行量産車が完成すると、
ドゥーダーシュタットの工場でマスコミに披露し、
評論家やライターによる試乗も行い、
翌年より一般販売すると発表しました。

先行量産車は、最終試作車同様、
コモーター社製ロータリーエンジン
オリジナル・フレームに搭載していました。
コモーターのエンジンは、NSU・Ro80
シトロエンGSピローターのRE車に採用されており、
安定供給されるとヘンクは考えたようです。

翌77年、OCR1000の販売は予定どおり開始されました。

しかし、50基のエンジンを受領した時点で、
供給元だったコモーター社が倒産し、事業計画は大きく狂います。

発売当初は好調だった販売も、BMW100RSの2倍という高価格が災いし、
ホンダのCBX1000やカワサキのZ1300などの魅力的な重量級バイクが
より安価で発売されると売れ行きが落ちてしまい、
結局、ヘンクは1981年に工場を閉鎖します。

OCR1000の生産台数は先行量産車1台を入れて僅か38台でした。

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工場閉鎖後、熱烈なロータリーエンジン・ファンだった
オランダ人のゲン・ファン・ルーツラ-レ(Gen van Rootslaare)氏が
ヘンクから12台分の残存部品を買取って、
自分用に39台目のOCR1000を完成させます。

しかしルーツラー氏はそれ以上、OCR1000を完成させることはなく、
残り11台分の部品はオランダ国内の倉庫に保管し続けました。

2009年、シトロエンのレストアラーだった
アンドリース・ヴィエリンガ(Andries Wielinga)氏は、
ロータリーエンジンを搭載したシトロエンGSピローターを
2台レストアしたことで、RE車修理の専門家として、
有名になりましたが、部品情報を集める過程で、
GSピローターと同じエンジンを使うバイク、
OCR1000の11台分の部品が、当時のまま、
オランダ国内に残されていると知ります。

彼は、OCR1000を復活させようと決意し、
ルーツラーから、全ての部品を買い取り、
OCRモータースを設立しました。

足りない部品や保管中に劣化した部品は、
かつての下請け工場の協力を得て、
デモ用に40台目のOCR1000を組み、
残りの10台を組み上げて、一般販売すると発表しました。
ヘンクが西独の工場を閉鎖から30年以上が過ぎた
2012年のことです。

この夢のような復活プロジェクトが実現した年の10月、
Hendrik Van Veen氏は永眠されました。

現在、OCR1000に関する権利は、全て同社が所有しているので
さっそく、代表の
ヴィエリンガ氏と広報担当のクニプ氏にコンタクトし、
前作カワサキ750SSの画像資料と共に1/12スケールで、
OCR1000を模型化したい旨を問い合わせてみました。

数日前、先方から回答があって、「喜ばしい。歓迎する」と、
正式に許可を頂き、模型化の際に疑問点があれば、遠慮なく、
問い合わせてくれという、ありがたいお申し出もありました。

やったぞ~!最初の一歩はクリアーです!

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