GUMKA工房記

武蔵野線新松戸~南流山の中間辺りにあるGUMKAミニチュアの備忘録を兼ねたブログです。

2011年09月

大物のメタル部品、メインフレームとマフラーの試作品が届きました。

まずはフレームから。なかなかイイ感じです。

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厄介だったのがマフラーで、長さが長い上、排気口が凹んでいるので、
量産性が悪いらしいです。おまけに無垢のメタルなので、結構、重さがあります。
錫の多い材質なので、磨くとキレイになりますよ~

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今回、ハンドルとフロントフォークアウターの部品はNGで、やり直し。
部品が揃うまで、もう少し時間が掛りそうです。

 先日の香港出張で使った航空会社は、今年2月と同じくキャセイパシフィック航空でした。んで、機内食のメニューは、まず成田ー香港間がこちら。

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 豚肉の炒め物に温野菜、蕎麦、パン、デザート、チョコレート。5月の香港航空も同じでしたが、最近の中華系航空会社は、サラダ代わりに蕎麦を出すのが定番なのでしょうか?お味は成田ケータリングなので問題なし。

 ちょっとおもしろかったのは、御笑い芸人のハイキングウォーキングの松田(Q太郎じゃない方)似の香港人らしきイケメン男性CAが日本語で、

「オキャクサマ、チキンパスタトゥ、ポークライス、ドゥチラにイタシマスカ?」

と尋ねるので、

「じゃあ、パスタの方で」

と応えたら

「パスタはアリマセン。ポークライスでヨロシデスカ?」

なんで、ないのに尋ねるんですかね?


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 帰国便は、チキンカレーか、フィッシュパスタかと尋ねられ、カレーを選んだら、珍しいグリーンカレーで、それに桜蕎麦、パン、アイスクリームでした。

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 グリーンカレーは、もっと辛いと最高でしたが、そうなるとナンやサフランライスが欲しくなるので、これで良いのかもしれません。片づけ終わった後も、しばらく機内がカレー臭かったのは御愛嬌です。

御彼岸なので、浅草にある御寺へ、御墓参りに行きました。
こんな所からもスカイツリーが。

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んで、御寺さんに行く途中の道で、こんなポーズで猫が寝ていました。

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結構、人通りのある道でしたが、平気で寝ています。

こんな所で寝ていて大丈夫かいな?と夫婦で観察していたら、
大きく伸びをうって目を覚ましました。

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目覚めの直後、うちの奥さんにいじられていました。

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 オイル漏れをして、バイク店でOHをしてもらったフロントフォークですが当初は、かなり柔らかく、上下動が大きなと思ったものの、やがて沈み込みがほとんどなくなり、間抜けな私は馴染んできたと勘違いし、

「KHのフロントサスって、こんなに固いんだ」

 この前の土曜日、仕事仲間の岡田さんに渡す物があり、柏市にある大型バイク用品店ライコランドにて待ち合わせしまして。天気もいいので、気分良く出かけたのですが、何だかバイクの様子がおかしいのです。

 交差点やカーブを曲がるとき、たいして傾けていないのに、倒れそうになったり、いつもに増して、フロントサスが路面の凸凹をゴツゴツと拾います。

 とりあえず、ライコランドに着いて岡田さんに物を渡して、ついでにKH250のお披露目をして、さあ、帰ろうとしたら、なんか、いつもとハンドル位置が違います。よく見たら、

「あれ?フロントサスが底付きしたまま、戻ってない?!」

 インナーチューブが、これ以上は中に入りませんという位置で固まっています。長年、バイクに乗っていますが、こんな状態は初めて。

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ゆっくりとした速度で帰宅し、ガレージで再確認。

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 やはり、インナーチューブは底付きしたまま、復元していません。翌日、フォークのOHをお願いしたバイク店に電話し、状況を説明しましたが、先方も事態を理解できない様子。どうも間々あるトラブルではないようです。

 検討するので、一旦、電話を置くとのことなので、何を検討するんだろう?と思っていたら、すぐに電話があり、来週の日曜日に回収に来てくれるとのこと。

 どうやら、ピットの空きの調整だったようです。もちろん、すぐなんとかしてもらいたいのが本音ですけど、前のフォークOHも二週間先だったことを考えると、来週は、まだ良いほうか?と自分を納得させました。

 フロントフォークのOHって、基本的にはオイルシールとフォークオイルの交換ですよね?オイルシールもダストカバーもカワサキ純正部品を用意し、作業マニュアルのコピーも渡したのに、一体どうして、こうなったのでしょうね?お店の整備の腕を信じるしかないですが、どうか、ちゃんと直りますように…

先日、レジン部品の試作品が届きましたが、
今日は、メタルパーツの小物関係の試作品を紹介します。

小さめな遠心注型器を使って量産されるパーツです。
予想以上にキレイに仕上がっています。

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メインフレームや排気管などの大物のメタルパーツの試作品を、
早く見てみたいです。

先週の香港出張の最終日の夜は、いつものように、現地在住の旧友ツツミシタ大塚君&彼の奥さんと晩飯を。

九龍半島の下町、深水埗の裏路地には夜になると、道路の1/3くらいを勝手に占拠し、テーブルを並べて発泡スチロールのトロ箱を生簀代わりに沢山置いて、エビやカニや魚を泳がせている怪しい海鮮料理の屋台が店開きします。

とても美味しいけど、衛生面が激しく不安なので火を通した料理を汗をかきながら、三人で食べていたら、ちょっとしたハプニングがありました。

通りを歩いていた小柄な老人が立ち止まり、しばらくこっちを見ているなと思ったら、我々のテーブルに来て、大塚君に話しかけてきました。

路上生活者とまではいかないけど、身なりは決してキレイではありません。屋台の女将が、すぐに気付き、老人に怒声を浴びせますが大塚君は女将に「まあまあ」と手で合図して、話を聞いています。最初は露骨に顔をしかめていた彼の奥さんも、次第に驚いたような表情に変わりました。

やがて老人は、哀しげな笑顔を浮かべ、きれいな声で歌い始めました。独特の抑揚のある中華風のメロディーです。その容姿からは想像もできないほど上手で、湿度と気温の高い香港の夜に澄んだ声は響きます。他のテーブルの御客も箸を止めて老人の歌を聞いています。

老人が歌い終わると、大塚君が立ち上がり、同じメロディーで返歌をします。老人ほど上手ではありませんが、
彼の短めの歌が終わると、みんなから拍手がありました。

大塚君は同席を勧めたようでしたが、老人は固辞し、大塚君から注がれたグラスのビールを一気に飲み干すと固く握手をして去って行きました。

何が起きたのか尋ねると、大塚君の取引先だった不動産会社の元社長だそうです。

中国人投資家にマンションや土地を売って、一時は香港各地に数軒の支店を持つまでに急成長しましたが、二回目のバブル崩壊で全財産を失くし、家族も離散したそうです。

かつては恰幅も良かったそうですが痩せ衰え、変わり果てた容姿に、大塚君も本人とは思えなかったそうですが、老人は、それを察し、本人である証に歌ったそうです。とても教養のあった方で、歌の内容は

「かつて私は自分のことを大鷲だと思い、この大地を空から眺めていた。歯向う相手をねじ伏せていたら、私の姿を見ただけで、鳥たちは逃げるようになり自分は無敵だと勘違いした」

「大きな嵐が訪れたとき、傲慢だった私は無謀にも立ち向かい、翼と爪と口ばしを折られ、地面に叩き付けられた」

「池に自分の姿を写したら、大鷲ではなく鳩になっていた。私は、その姿を見られるのが嫌で空を飛ばなかった。大鷲に戻ったら飛べばいい。そう自分に言い聞かせて鳩のまま餌を啄んでいた」

「飛ばない鳩の生活を続けていたら、やがてウズラになった。もう空は眺めるだけだ。私が、昔、空を飛べたと言ってもみんな笑うだけだ。ましてや大鷲だったなど、誰が信じてくれようか」

「生活が苦しく辛いので昨日、天后様に御祈りしたら、かつて一緒に空を飛んだ隼に会わせてくれた。ああ、隼よ、隼よ、あなたは、私が大鷲だったと覚えているだろうか?」

大塚君の返歌の大意は

「私が海の向こうから来て、やっと、この空を飛び始めた頃、あなたは、私よりも、ずっと高い空を飛んでいた。私は、その姿を、いつも下から眺めていた。勇壮な大鷲の姿は忘れようにも忘れられない。あなたは、私にとって、今でも大鷲だ」

老人が去った後、我々のテーブルに女将がビールを持って来ました。一つのテーブルを指さし、あの人からの奢りだと。大塚君は、ビールを手にそのテーブルに行き、グラスを交わし談笑します。

その様子を奥さんは笑顔で眺めています。君は、もうこの社会に溶け込んだんだね。

テーブルに戻ってきた彼に尋ねます。

「どこで、そんな中国の歌いを覚えたんだ?」

「10年も、ここに住んでいれば、身につくって」

「いいモノを見せてもらったよ」

「ああ、日本や大陸にはいないタイプの金持ちが、ここには沢山いるんだ。だから、住んでいて飽きない」

「それにしても、昔より太って豚みたいになっているのに、よく見分けられたね」

「おい!殴るぞ!ほら、オレ、笑い方に特徴あるから」
(「シシシシ」と笑うので、すぐわかったと老人から言われたそうです)


おそらく、遠からず訪れるであろう三回目の不動産バブル崩壊
今、大空を飛ぶ多くの大鷲たちは、どうなるのでしょうか?

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