GUMKA工房記

模型の企画・設計とロシアのレッドアイアンモデルズの代理店をやっている「GUMKAミニチュア」の備忘録を兼ねたブログです。雨が降ると電車が止まるJR武蔵野線の新松戸と南流山駅の中間辺りに事務所はあります。近所に素材や塗料が揃う模型店がありません。最近、昔からやっている本屋が閉店しました。

2011年03月

地震発生から早くも一週間が経過しました。

 

自宅周辺でも、ガソリンスタンドへの長い車列と、それに伴う渋滞、
スーパーや食料品店での品不足が目立ちます。

 

計画停電時に食べやすいカップ麺やパンが欠品するのは理解できますが、
この辺りは地震直後から断水は一度もないのに、
ミネラルウォーターの棚が空っぽだったり、
東北が無関係な砂糖がなかったり…
一体、どうなっているんでしょう?

 

昨日、手押しカートに6個1パックのトイレットペーパーを3パックも載せて、
ドヤ顔で歩いていた老婆がいました。それ、東北が主要産地でしたっけ?
何だかな~

 

早くみんなが正気に戻りますように。

地震の影響で、なかなか製作意欲が湧かなかったのですが、
気分を入れ替えて、H2原型を再開しました。

H2の燃料コックの特徴である五角形のダイヤフラムです。
元になるのは、1/35の戦車プラモの部品です。
見る人が見れば、何のプラモかすぐわかりますね。

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これを削って五角形にして、細部工作をします。

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と、ここで問題が発生。

前回、製作途中だったコック本体に接着作業中、
突然、グラリと大きめな余震が来て、えっと思ったら、
ピンセットで摘んでいた本体部品がピ~~~ンと飛びました…

これは泣きそうになりましたね。

よりにもよって、落ちた先は、
11日の地震で、ぐちゃぐちゃに崩れた模型の山の中。
まだ余震が続いているので、完全に落ち着いてから、
片づけようとそのままにしてあった場所です。

仕方ないので、まず散らばった模型の片づけから始め、
床が見えた時点で、落下予想地点を這いつくばって、
徹底的に捜索しましたが、発見できたのは6時間後。

どうも落下後、転がったようで、
当初の予想地点から1メートル近く離れていました。

この騒動で身も心もヘトヘトになったので、
作業再開しても、途中写真の撮影を忘れていました。

横に写っているのは綿棒の頭です。

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老眼に鞭打って、なんとか、ここまでできました。

香港在住の友人の話

ここ数日で香港各地の食塩が売り切れたそうです。

香港と隣接する中国側でも、影響されてか同じ現象が起こり、
価格を5倍に便乗値上げした悪質な店もあるとのこと。

売り切れの理由は

「塩を多量に摂取すれば、放射能から身体を守れる」

という現地で出回った根も葉もないデマのせい。

塩分を多く取ると、身体に良くないと思うけど、
日本でも、うがい薬を飲めば大丈夫!とのデマが流れ、
ニュースなどで実行しないように呼びかけていたので、
あまり笑えないかな?

私の住む千葉県でも放射能測定値は、
通常よりは高いものの、健康に影響がないレベルなのに、
成田から飛行機で5時間も飛ぶ距離にある香港は、
どうやったって何の影響もないでしょう。

もちろん、今回の事故は予測不能ですから、
予断は許されないものの、
最前線で活動されている自衛隊員や消防士の方々、
原発関係者には、なんとか頑張っていただき、

「当時は、こんなデマが流れたんだぜ~」

と笑って話せる状況になって欲しいです。

工房の片づけをしつつ、燃料コックを作っています。

燃料コックを省略しているバイクプラモは少なくありませんが、
アオシマのSR400やタミヤのCB1100Rのようにちゃんと再現しているものもあります。

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H2のコックは割と大きく、左側面から実車を見た時、ポイントとなる部品です。

この米粒のような物はグンゼ産業の複合素材模型ハイテック・シリーズの500SS(KA1)の
燃料コック部品です。原型はもっと出来が良いんだろうと思いますが、
量産の関係上、細部が潰れています。

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KA1はH2とは違って、燃料コックがタンクの下部中央にあるので、
横からは見えず、レベルの1/12 H1Aのプラモデルなど、あっさり省略していましたが、
この商品はマニア向けだけあって、ちゃんと再現しています。

昔、このKA1の原型師のI氏にお会いしたことがあります。
ある模型メーカーで設計開発の仕事をした後、
フリーの設計兼原型師として活躍しておられました。
メーカー在職中に手掛けた某日本機のキットは、
今でも傑作として、高く評価されています。

20代の終わりの頃、ある金型会社の社長の紹介でお会いできたのですが、
寡黙ながら、仕事にとても情熱を持った方で、
聞かせていただいた言葉の幾つかは、
その後の私の仕事に大きな影響を与えています。

そのとき、いつか自分も、こういう仕事がしたいと憧れました。

今、バイクの原型始めて、やっと同じマラソン大会に参加できた気分ですが、
走り始めて、バイクに先導され、はるか前方を走る先頭集団の偉大さをつくづく感じています。

まだ、市民ランナーレベルですが、いつかは背中が見える距離位まで
近づきたいです。

というわけで、自分を奮い立たせて、燃料コックを始めました。

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 (続く)

千葉では、まだ余震は続くものの、
震度3程度で回数も徐々に減りつつあり、
今日から工房の片づけを始めました。

仕事柄、工房内には模型や本、材料が多いのですが、
小さめの本棚がひっくり返ったり、
模型や材料が棚や机から落下し、散乱しています。

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もっと悲惨な被災状況の方が沢山いる中、
この程度で済んで、本当に良かったです。

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一段落ついたら、市川市の倉庫にベネリ・クアトロの確認に行かねばなりません。


 年度末が近いせいか、今日は朝から電話の多い日で、最初にグラっときたときも、丁度、仕事仲間と電話中でした。

私「おっ!地震だね?」

友人「うん。揺れているね。あれ?結構長いね?あれれ、ヤバいぞ!」

 次第に横揺れが酷くなり、電話口からガラガラと何かがl崩れる音がして、電話どころでなし。当然、仕事部屋のいろんな物が落ち始めました。こんな揺れは初めてです。

 住んでいるエリアは震度5だったそうですが揺れ時間が長かったせいか、以前、経験したときと同じ震度とは思えなかったです。幸い被害は棚の模型や材料が落ちた程度で済みました。

 次女と家内は自宅におり、長女はバイトに行っていたのですが全員無事でした。たまたま今年81歳になる義父が都内に出掛けており、家内が心配していたのですが電車が止まって帰宅できないので泊まると連絡があり、こちらも一安心。

 レストア中のKH250が倒れましたが、こちらも運良くウインカーレンズに傷がついただけ。ガレージのCB400LCは全く問題なし。さすがホンダ車!市川の倉庫にしまってあるベネリ・クアトロがちょっと心配です。

皆さんは、大丈夫でしたか?

被害に遭われた方々もいるかと思いますが、お見舞い申し上げます。

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