GUMKA工房記

武蔵野線新松戸~南流山の中間辺りにあるGUMKAミニチュアの備忘録を兼ねたブログです。

2009年11月

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今、私が原型を作っているラビットS-1は、
群馬県太田市にある富士重工スバルビジターセンターにしか、
実車がない希少車で、国立科学博物館の産業技術史資料にも認定されています。

ぜひ本物を見たいのですが、残念ながら、
この施設は事前予約した、10~200名の団体でしか見学できません。

身の回りでラビットS-1に興味がある人間など、
せいぜい片手ですから、到底、10名を集めるのは無理ですね。

ところが、Yahooブログ「M30のガラクタBOX」の管理人、M30さんが、
とあるブログにD-12の写真があるよ、と教えてくれまして。
さっそく覗きに行ってみたら、ありました、ありました。
珍しいスクーターの数々に混じってD-12が。

「これは、ぜひ、実車取材させてもらおう」

と連絡したら、なんと管理人のmonchichiさんは、大学の後輩で、
以前、私のやっていた模型店の常連さんでした。
世の中の狭さを痛感しつつ、取材を御願いしたら即、快諾。

かくして、本日、行ってきました。県内某所にある秘密ガレージ。

もともと、ベスパのコレクターでしたが、日本のスクーターも保存しようと考え、
ラビットと三菱シルバーピジョンの各車を収集保存してレストア中です。

ラビット・コレクションの中でも貴重なのが、このD-12とS-25でしょう。
D-12はS-1のフロントにコイル・スプリング式サスペンションを追加したモデルで、
日本全国でも、5台以下しか残っていないそうです。

もちろん、実車を初めて見ましたが、思ったより大きなスクーターで、
疑問だったフロントとステップ部の接続パイプは、
本当に簡単&適当にくっつけられていて、ある意味、びっくり。

全体的に華奢で、実際、レストアされたラビットを今の道路で走らせると、
明らかにフレームが強度不足らしいです。

当時は、路面が良くなく、あまりスピードを出せないし、
比較できる車輌もなかったので、これでも通用したようです。

このラビットは、二カ所の工場で製造され、T-34戦車のように、
工場によって、ハンドルやサイドカバーの空気孔が異なっていました。
群馬県太田工場の生産車はS-12、東京の三鷹工場製はD-12という、
別名称が与えられ、意外にも販売ルートも別々だったそうです。

今回、取材した実車は外観の特徴は、太田工場製のS-12なのですが、
銘板を確認するとD-12の文字が。部品交換された可能性もありますが、
オーナーも首を傾げていました。

今は広島県に引っ越した元バイク店のメカニック、Iさんが、かつて、
「ラビットS-1/S-12は、ガザC」と言っていた意味が納得。
デザインといい、コンセプトといい、性能といい、これはガザCです。

取材成果は原型に反映したいと思います。
取材で馬鹿な話を散々しつつ、勢いで、シルバーピジョンのキット化を
約束したので、次アイテムにも御期待ください。

monchichiさん、本日はありがとうございました。

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模型店をやっていた頃は、問屋から荷物が納品されると、
ワクワクしながら、新製品の箱を開け、
中身を見ているうちに欲しくなって、
自宅の在庫は、どんどん増えました。

南流山に引っ越してからは、模型店もないので、
ほとんど買わなくなりました。
どうも、私は現物を見ないと購入意欲が湧かないようです。

隣駅の新松戸は、常磐線武蔵野線の乗り換え駅だけあって、
模型店もあるにはあります。
引っ越して来て、最初に発見したのは、
ほとんどの箱が白く日焼けしている飛行機専門店でした。

近所に模型店があって良かったと思って、行ってみたら、
元航空自衛官という店主が、本当に、つまらなそうに
「売れない」「模型雑誌が悪い」「問屋が悪い」
「メーカーが悪い」「モデラーも悪い」
と他人に責任転換するグチばかり聞かせてくれます。

お客さんは、カウンセラーではないんですけどね。
元同業者としては、信じられない接客態度で、残っている商品も微妙。
品揃えと接客を工夫すれば、いくらでも売上改善する余地はあるのに、
こういう人は、気付かないんでしょうね。

最近、ダイエーなどがある新松戸の中心部に、
流山鉄道のマイナーな駅「小金城趾」から模型店が移転してきました。

こちらは鉄道模型・ミニカー・トイガンがメインで、
店番のおばさんも、結構、知識豊富。
プラモデルはガンプラが大半で、AFVや飛行機は、ちょこっとだけ。
ただ、サフェーサーや塗料など消耗品が切れたときは重宝しています。

一般の人が働いている時間に、不定期に買い物に行くので、
私のことを失業中で、プラモ初心者だと思っているらしく、
なかなか、味のある人生訓や、模型に対する心構えを説いてくれます。

「いきなり、難しいものじゃなくて、簡単なものからね」
そうですね。750SSや八九式甲はしんどいです。ラビットS-1は楽かな。

「でも、簡単なものでも、油断すると、失敗するよ」
そうそう。ラビット、フロント周りと本体の接合がわからないんだよ

「一生懸命、やっていれば、うまくいくよ、腐ったり、投げちゃダメ、
プラモデルも人生も同じ」
うん。一生懸命、やっているつもりだけどね。どっちも投げていないよ

…というわけで、AFVクラブもタスカもピットロードも、
この辺一帯にはなく、かくして、話題の三点を、元自分の職場で購入しました。

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反対側のフレームも同じ様に三箇所で切り離し、
二箇所を縮め、一箇所を伸ばします。

二枚目の写真は、修正前のフレームとの比較。
フレームのヘッドパイプ位置が下がったのがわかるでしょうか。
最初にこれをやっておけば、タンクの形状出し、
もっと、すんなり行きました。

三枚目は、アオシマ1/12 カワサキZ1とのフレーム比較。
750SSの小ささに、自分自身、びっくりしました。

小柄な車体に大排気量の三気筒2サイクル・エンジン。
これなら、確かに世界最速です。

学生時代「べーやん」という友人がいた。名字が阿部で「ベーやん」なのだが時代的に先行量産型オタクな人で仕送り大学生のくせに、ろくにバイトもせず、学校にも来ず、都内の古本屋巡りをしては古い漫画本を買い集めていた。

いつも金がなくて貧乏なくせに、コーラが大好きで月末になると、少しでも長く飲めるよう買ったら水で薄めて増量していた。

当時、缶コーラは250ml、ガラス大瓶は1リットルだったが、彼の説だと缶なら350~400ml、大瓶は1,5リットルまで薄めてもコーラの味がギリギリ楽しめると主張していた。一度、飲ませてもらったが、ギリギリどころか完全に薄かった。

後に350ml缶コーラ、1,5リットルのペットボトルが登場したとき、

「俺の説が正しさをメーカー自らが証明した!」

と言い回っていたが、別にメーカーは薄めてその容量にしたわけでないので、とんだ勘違いである。

そんな彼が「彼岸のコーラ」と呼ぶ飲み物がある。

それは仕送りも尽き、数日間を無一文で過ごさねばならないのに、運悪く、風邪をひいたときの話。

熱と空腹で意識が朦朧とする中、コーラが飲みたいと猛烈に思うものの、金もなければ身体も動かない。這うように台所に行き、代わりに飲めるものはないか?と捜したところ、似たような色の物があったので、ぐっと飲んでみた。塩味の向こうに、微かに甘味があった。

「こ、これは?!」 

どうも塩味の遙か彼方でコーラの味がする。おお、これぞ、まさに彼岸のコーラだ!

遠く彼方にある甘さを求め、ぐびぐび行き、後で猛烈に喉が渇いたそう。勘の鋭い方はおわかりだと思うが、彼の飲んだのは醤油である。

健康になってから、あのときの彼岸のコーラを味わいたい(意味不明)と何度も醤油をラッパ飲みしたがコーラの味はしない。私を含む友人から嘘つき呼ばわりされ、あれは幻だったのか?と本人も自問していた。

夏休みで故郷に帰省していた、ある日、イワナを釣りに行こうと父親のバイクで出掛けた。ところが運悪くバイクが故障。仕方ないので、炎天下を押し歩きながらバイク屋を捜したが田舎なので、なかなかない。道を聞こうにも、すれ違う人も車もいない。

滝のように汗は流れ、頭がクラクラする。そのとき気付いた。

「今、醤油をラッパ飲みすれば、彼岸のコーラの味がするのでは?」

運良く(?)釣った魚の料理に使おうと、リュックに醤油が入っている。道路端にへたり込み、今だ、今しかない、彼岸のコーラだ!醤油を一気に飲む。うう、塩辛い、しかし、この彼方にコーラの味が……

しなかった… ( ノД`)・゚・。



脱水&熱中症の身体は、高塩分の液体に耐えられず、飲んだ醤油を噴水のように吐き、ぶっ倒れたそうである。

最後に合ったのは20年前だが、それでも彼岸のコーラを信じていた。その後も、意識が朦朧としたとき、醤油飲んでたら、きっと今頃、高血圧だと思う。

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お米代稼ぎの仕事が終わったので、
マッハのフレーム修正作業を再開します。
ラビットも可愛いけど、やはり、マッハは良いです。

修正方法をずーっと考えましたけど、
三箇所で切り離して、1箇所を延長、
二箇所を切り詰めて調整しました。

手すさび仕事のラビットS-1で、
ステップ部のフレームを真鍮パイプでやって、
強度と実感が予想以上だったので、マッハも金属パイプで、
最初から組み直そうかとも夢想したのですが、
結構、微妙なアール出しに時間の掛かるし、
複雑さはラビットの比じゃないので、
今回は、一次原型の修正に留めました。

スケジュールが大幅に遅れていますし。

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私が今、作っている富士重工のラビットS-1は、
終戦間もない1947年から生産された日本初のスクーターです。

富士重工の前身が、中島飛行機とあって、試作車のタイヤは、
工場に残っていた双発爆撃機「銀河」の尾輪を流用した、
というエピソードがあります。

戦後、軍民転換を迫られて、作れる製品を捜していたとき、
偶然、下請け会社がアメリカのパウエル社製のスクーターを
所有していたのが開発のきっかけでした。
細部こそ改良・改修してありますが、全体形に面影が感じられます。

車体後部が形になったので、フロント、ステップ部を作ります。
ステップ部はパイプフレームなので、2mmの真鍮パイプを曲げて形にします。

プラモデルがメインの模型店では、あまり見掛けないのですが、
パイプ曲げ用工具を使いました。
私は「文教堂ホビー ららぽーと横浜店」で入手しました。
値段は忘れましたが、1000円はしなかったです。
値段の割には、結構、使えて、スクラッチをやるモデラーなら重宝します。

曲げたパイプフレームの上にプラ板の床板を貼るのですが、
ここで問題が。フロント部を取り付けるパイプがステップの床下から、
伸びているのですが、どっから出て、どう固定されているかが不明です。

ここで作業が止まりました。S-1は知られている限りでは、
唯一の実車群馬県のスバルビジターセンターにあるのですが、
ここは、事前予約をした10名から200名の団体の見学しか受け付けておらず、
個人で、ふらりというわけには行きません。

以前、バイク雑誌に、これの後継車であるS-12のレストア車が掲載されていましたが、
どこかの博物館ではなく、個人蔵らしいので、これも無理。
せっかく、調子よく形になってきたのに、
とりあえず、資料が見つかるまで、ちょっとお休みですかね。

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