私が大学生の頃に亡くなった父方の祖父は、ある橋梁会社の重役でしたが、業界では趣味人というか変人として有名だったようです。その業界の御年輩の方と会って自己紹介すると、大概、驚かれ、生前のエピソードを聞かせてもらえました。
几帳面と真面目、緻密、仕事熱心が服を着たような父とは対照的に、食通、粋、洒落者、達筆、趣味人、目利き、物知り、伊達者、驚くべき頭の良さで、孫の自分から見ても本当に格好良く、到底、真似できない人物でした。
当然、女性が放っておくはずがなく、そちらの話も様々な方から聞かされたので、つくづく祖母は大変だったと思います。
そんな祖父と小学生の頃、近所の神社に散歩に行った際、参道に通じる道端で若い女性が露店を出していました。ミカン箱くらいの木箱の上に竹細工のトンボ、エビ、カマキリが置いてあって、前を通ると
「坊ちゃん、トンボよ。どう?見てって、」
と声を掛けてきて、その中の一つを差し出します。
祖父は「ちょっと見せてくれ」とそれを受け取り、しげしげと眺めると「これは、子供のオモチャじゃないだろう」とその女性にこの竹細工について話を聞き始めました。
作者は彼女の夫で、埼玉県で竹製の籠やザルを作っている職人とのこと。親方の下で修行し独立したものの安価なプラスチック製品に押されて注文は減るばかり。指先の鍛錬と趣味半分で作った虫やエビ、カニなどの竹細工を土産店に売って生活費の足しにしており、この日、店開きしている場所は、叔母さんの家の前で神社の桜が咲き始めたので、週末は人出があると聞き、埼玉からわざわざ行商に来たそう。
「お若いので、てっきり娘さんかと思っていましたが御婦人だったとは。失礼しました」
祖父はそう言いながら竹細工一つ一つを手にして「これで全部ですか?」と尋ねます。
女性がすぐに裏の家から風呂敷包みを持ってきて広げると、一個づつ綺麗に人形紙に包んである竹細工が幾つか入っていました。
「どうぞ、お好きなのを選んでください」
彼女は丁寧に人形紙を開けてくます。アイテム自体は店頭と同じで、それが複数個ありました。
「うん。じゃあ、全部もらおうか」
祖父が財布から数枚の千円札を取り出すと、彼女の驚きと喜びようはなかったです。
「釣りはいらないから、旦那さんに美味しいもんでも買ってあげなさい」
彼女が声を掛けると裏の家から叔母さんが出て来て、二人で何度も御礼を言った後、お茶を御馳走したいので、ぜひ上がってくれと請われた。祖父は丁重にそれを断ると、名刺を出し、
「あんたの旦那さんに作ってもらいたいものがある。ここに連絡するよう伝えてくれ」
彼女は、まるで割れ物でも扱うように丁寧に名刺を仕舞います。
「必ず連絡させます」
そう言う彼女の横で叔母さんは彼女の旦那さんが、いかに良い腕を持っていて、真面目な職人であるかを一生懸命に説明していました。
「古き良き日本」というフレーズを聞くたびに思い出すのは、子供の頃に見たこの光景です。丁寧な仕事をする職人、それを献身的に支える妻、若い夫婦を応援する叔母、そして祖父の粋。 あたかも調和がとれた映像作品のようでした。
(続く)
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