GUMKA工房記

模型の企画・設計とロシアのレッドアイアンモデルズの代理店をやっている「GUMKAミニチュア」の備忘録を兼ねたブログです。雨が降ると電車が止まるJR武蔵野線の新松戸と南流山駅の中間辺りに事務所はあります。近所に素材や塗料が揃う模型店がありません。最近、昔からやっている本屋が閉店しました。


 昨年12月、義父の一周忌で奄美大島に行ったとき、レンタカー店から「Go to 奄美プレゼントキャンペーン」の応募用紙をもらいました。

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 来島した観光客総勢10000人に合計4000万円分の奄美特産品が当たるという太っ腹なキャンペーンで応募したところ、「軍政下奄美の密航・密貿易(佐竹京子著)& 奄美紬のしおりストラップセット」に当選しました。春から縁起が良いです。

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 「軍政下奄美の密航・密貿易」を知ったのは、2016年に読んだ徳田虎雄に関する書籍「トラオ」でした。戦後、徳田の父親はアメリカ軍政下の徳之島にて砂糖の密貿易をしており、その背景や当時の状況を説明する本として書名が出ていたものの、当時は絶版でした。ところがキャンペーンの懸賞の中に、この本が!

 キャンペーンの景品カタログにはレトルトの鶏飯や島豚ハム・ソーセージ、郷土料理の詰め合わせ、くろきび酢、黒糖焼酎、奄美の特産スイーツ、フルーツジュース、大島紬の小物などが並んでおり、その中から希望の品を選んで応募するのですが、奥さんに当選を伝えると「何が当たったの?」と嬉しそうに聞くので「奄美の密貿易の本」と返事すると無言でした。でも、顔には「ちっ、お前は、そういう奴だよな」と書いてありまして。

 す、すまんのう、でも、どうしても、この本だけは読みたかったんじゃ!

 届いた本と一緒に新聞の切り抜きのコピーが入っており、2018年に15年ぶりに再販されたそうです。仕事の合間に、ゆっくりと読んでます。 

 
 昨年頒布したズリーニィ資料同人誌ですが、その後に判明した情報を

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 52ページに掲載された写真でズリーニィ先行量産車(非装甲鋼板製)の操縦手ハッチから顔を出している人物ですが、実は1944年のブダペスト防衛戦で無残に破壊されている有名な「シャーリカ」号の車長である第1突撃砲大隊第3中隊長ラーツ・ティボル中尉だそうです。 


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 同じく70ページのブダペスト市内のヴェールメズー公園で破壊されたラーツ・ティボル中尉の「シャーリカ」号です。

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 婚約者のシャーリの愛称が由来でラーツ中尉はブダペスト防衛戦で捕虜となり、ソ連の捕虜収容施設に送られましたが、そこで
3回の脱走を試み、最後の脱走時に歩哨から銃撃されます。その怪我が原因で、敗血症性ショックを起こして1945年2月に病死します。ラーツ中尉は部下たちに、ソ連の甘言は絶対に信じるな。チャンスがあれば脱走しろと言っていました。


 増刷する際に増補改訂するのが一番なですが、いかんせんハンガリーの自走砲という厳しいアイテムだったので完売までは、しばらく掛かりそうなので御知らせさせていただきました。気になった方は、ぜひ「ハンガリー陸軍 40/43.M 突撃榴弾砲ズリーニィ」をご覧ください。

*同人誌なので、一般書店やAmazonでは売っていません。



 モデルアート誌2021年2月号(通巻1054号)のブックレビューにて「ソ連の最優秀主力戦車T-80Uと派生型」を御紹介いただきました。ありがたいことでございます。

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 巻頭特集のエアブラシ記事ですが、各社の溶剤比較や洗浄せずに違う色を連続吹付けした場合の実験、エアブラシ洗浄のツボなど、今までにない切り口で、一読の価値ありです。


 かつて奄美大島や徳之島には「エブリワン」という九州南部や沖縄を中心に展開していたコンビニエンスストアがありました。一部の揚げ物以外の総菜や弁当など全てをセントラルキッチンで調理し配送する大手コンビニチェーンとは異なり、オニギリや弁当、総菜、パン、ドーナッツなどを各店舗で調理しており、しかも、どれも美味しく、中でも絶対に外せないメニューが「巻きおに」ことスパム玉子巻きオニギリでした。

 2015年にファミリーマートに買収されると、九州や沖縄にあった店舗は店内調理商品が廃止となりましたが、奄美大島と徳之島は離島という特殊事情が考慮されたのか継続し、スパム玉子巻きオニギリも「巻きおむすび」と名前を変えて今でも買うことができます。
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 徳之島では巻きおむすびの供給が不足気味のため島民と観光客で壮絶な奪い合いをしており、私も幾度か煮え湯を飲まされたので、以来、見つけたら満腹でも買うを鉄則にしました。

 今回の奄美大島でも、その感覚で見つけたら買うをやっていたら奥さんから「さっき昼御飯、食べたじゃない」と怒られて事情を説明すると「でも(奄美のファミマでは)どこでも売っているよ」と。

 そうなんです。実は奄美のファミマでは、徳之島で経験した巻きおむすび売り場周辺に漂う「買うか買われるか」の邪悪なオーラが全くなく、島民の方にも観光客なんぞに食わせるものか、見つけたら即レジに走ったるぞ!という独特の緊張感も殺気もないのです。

 何回か寄るうちに、巻きおむすびをこまめに補充していることに気づきました。どうも商品補充のやり方が徳之島のファミマと根本的に異なっているためか、争奪戦自体、存在しないようです。


 あと、今回の旅行で発見した「サンドおむすび」。巻きおむすびでは上部に1枚だったスパムを二枚とし、間にツナマヨをサンドした逸品。一個食べれば一食分のボリュームでした。
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 どこかの食堂やレストランで巻きおむすびやサンドおむすび、再現して売ってくれませんかね?絶対に売れると思うんだけど。


 昨年12月に他界した義父の一周忌ということで、義父の生誕地である奄美大島と本家の御墓がある鹿児島へ18日から21日まで行ってました。
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 義父は昭和5年(1930年)に奄美大島の名瀬で生まれ、昭和18年(1943年)に鹿児島に引っ越しました。生粋の奄美大島人ではなく、義父の父は徳島県出身で神戸で商社に勤務してましたが結核を患って仕事を辞め、転地療養のため空気の良い奄美大島に夫婦で移住します。

 生活のために奥さんが名瀬でミシン販売店を始め、本人も結核が完治した後に奄美大島で議員となり、7人の子供を授かりますが、その次男が義父でした。
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 第二次世界大戦が始まるとミシンどころではなくなり、子供たちを大学まで行かせたいという教育熱心だった義祖父の考えもあって、昭和18年(1943年)に家族で鹿児島市内に引っ越します。義祖母は新たに縫製会社を立ち上げましたがこれが大当たりし、大勢の御針子を抱えて、天文館の大見高島屋の真向かいに大きな店舗兼住宅を構えるまでに繁盛しました。
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 現在、店舗のあった場所は広い駐車場になっていましたが、家内も子供の頃、祖父母宅に遊びに行くと夜遅くまで大通りを走る車の音がうるさくて、なかなか寝られなかったそうです。

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 義父の兄弟たちによれば、幼少期を過ごした名瀬も当時の面影はないとのことですが、今回、駆け足ながら義父の足跡を辿ることができて良き一周忌でした。コロナ禍が収束したら、ゆっくりと再訪したいです。 


 モデルアート様よりタンクモデリングガイド 第6巻「Ⅳ号戦車の塗装とウェザリング 2 H-J型」の献本を頂戴しました。
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イラストによるH型からJ型の変遷、タミヤ、ドラゴン、ボーダー、アカデミー、ズヴェズダ、ライフィールド社の部品比較、戦車兵の軍装解説、ライターさんの作例という内容です。
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発売時期の関係で前巻では掲載できなかったタミヤのF型も作例があります。 

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